2001.09.30(日)
金木犀が香る時期になった。 この香りは私に“旅に出なさい”と告げる。
前期試験を終えた1週間の休みに四年続けて、金木犀の咲く道を下宿から駅までリュックを背に歩いた 記憶が、私の脳に完全にインプットされてしまったようだ。 しかし、今年はふと思い立ってHPを作ろうと 意気込んでいる。 神戸での個展を25日に終え, 翌日は神戸での彫金教室を行い、それ以降、赤穂の 自室のパソコンの前に居座って4日目。
やっと、このページまでたどり着いたところ。 もう、肩はこり眼は霞んできた。そんなところに旅のお誘いがきた。 もうじっとなんてしていられない! 明日から3日間教室をした後、金木犀のあま~い香りに誘われて出かけてしまいそうです。
こんな書き出しで2001年に始まった彫金工房アーモンドツリーのホームページ。 アップしていたレンタルサーバーがホームページビルダーで制作したサイトを受け付けなくなり、数年前から停止していました。 コロナでのんびり気分の今、 作り直しのチャンスかしらと思い立って、2022年、再度アップすることにしました。 お暇なとき、ちらりとお読み頂いて、 なつかしんで頂ければ嬉しいです。
2001.10.06(土)
たっぷりとミルクを沸かしてマッサーラ・ティをいれる。 Mさんがネパールからもって帰ってくれたものだ。 そうして、 昨日とどいたメールをもう一度読む。 やはり、30度~33度と書いてある。それはないよって感じ。 だって、やっと涼しくなったところだよ~。いくら誘われたって、 いくら雨期で涼しいからって30度のバンコクへ行く気にはならないね。 バンコクに住むネパールの友人プルナ・サキヤさんm(・・)m 何度も誘ってくれるのに、一度も行っていない私はなんて薄情なんでしょう。それに比べ私の友人のMさんのまめなことと言ったら。私が何年か前にネパール行きをそそのかして以来ずっと通いつづけ、 この度カトマンズでプルナのいとこラジの協力もあって写真展を開くらしい。 その後で京都のコンタックス・サロンでも写真展をするとか。楽しみ!
2001.10.07(日)
今日も、プルナからメールが届く。 重たい。 fun pictureと書いてある。
なんと“2006年のニューヨーク・・・もしタリバンが勝てば”と名付けられた
画像には、 モスク風の屋根のレンガ色をしたビル群と白髭にターバンの
ブッシュさん。 こんな画像がアジアを駆け巡ってるんだ。
ラジとインディ・ジョーンズ最後の聖戦を見たとき、 悪役のトルコ人を見
て、 彼は、「アジアを馬鹿にしている。 スピルスバーグはもう見ない」と
怒った。 映画パールハーバーを見た日本人は、あの映画を、そしてアメ
リカ人をどう思ったのだろう。
2001.10.10 ㈬
JRの車窓からの眺めは、 ちょっとしたやすらぎを与えてくれることがある。 ましてや、今日のように雨の後の雲に覆われた日は、 光も影もなくものの息づかいを強く感じさせてくれるのでなおさらだ。
たとえば、雑草が生い茂る空き地。 ねこじゃらし、あきのきりんそう、すすきは、 緑から黄色そしてうす茶色へとグラデーションを描き、 ちからしばの灰色に近い青紫の穂が彩りを添える。 目を凝らせば、 つりがねにんじんの淡く青い花も見える。
今日は、 そんなささやかな秋を身にまとって神戸駅に降り立ちました。
2001.10.12 (金)
昨夜、マウスについてくる猫をダウンロード。 ページを閉じようとすると×の上で邪魔をするかと思えば、 マウスを動かさないと、あくびをして眠りはじめる。 名前はRuby。 ちょっとうっとうしく、とってもかわいい。
“心の空虚をちゃんと認識して心の片隅にそっと宝物としてしまっておくことで、 空虚は不毛なものではなく、力に変わる。” と河合隼雄は語っていた。 その宝物は、なにものにも負けない力を持つ赤い石、ルビーかもしれない。
2001.10.13 (土)
奄美がルーツの生徒さんがいる。 彼女が島を思わせる何かを作りたいと言い出した。 私の中で奄美というと田中一村の絵に極まる。 彼女も画集を見てこんな感じだという。 モチーフはアダンの木に決まったとして、 その細部をデザインしていくためには、それをどう感じたかが大切だ。 彼女は、奄美に何を思う? 光に満ちた木々、木々を渡る風、 木立の中に潜む闇、 植物のむせ返るような息吹。 何を表現したいかで、葉や枝の形や質感等のすべてが決まってくるのです。 たとえば、葉の重なり方。 2枚の葉の間隔を空けて重ねると奥行きが出て、 いぶしをかけると闇を感じるでしょう?! 2枚をぴったりとくっつけて、光らせて仕上げると南の強い日差しを感じますしね。作る側の意志なくしてデザインは成り立たないと思っている。 作るということは、自分の感覚や意志を確認することで、 すなわち、目に見えないが作りたいという思いに形を与えていく作業こそがデザインをすることだと思っている。
それを生徒に要求するのは酷だろうか。 しかしもう十年近い彼女だから、だんだんに私の要求するところが伝わっているに違いない。 どんなデザインどんな感触のものを作りたいといってきてくれるだろう。
2001.10.14 (日)
千種川をさかのぼって1時間、中国自動車道に程近い山の上に備前焼の作家黒野さんの窯がある。 研ぎ澄まされた形がとても知的。彼が、体の中にある思いを系統立てて思考し、言葉で表現するという回路を私に植え付けてしまった。 昨夜、奥さんが「ここへ来たらクロノ化してしまう」と若い作家さんたちが言うのよって。 私も同じ病に冒されてしまったようだ。
木をふんだんに使った建物の中でのおでんとお酒、 そして途中から建築関係のHさんが加わって山に、星に、安藤忠雄の建築に、と話が弾み、気がついたら朝。(一度ぜひ直島のベネッセハウス行ってみてください。)霧の名所だけあって、うっすらかかった霧の中、だんだんと夜が明けて群青色の世界になっていく様はちょっとした感激でした。 赤穂に着いた時にはもう朝焼けも終わり青空が。 初めての朝帰りはちょっと嬉しかった。
2001.10.16 (火)
ここひと月以上ほとんどテレビを見ていない。 仕事場とDKにはテレビがあるのだが、リビングにはないからだ。 いかに仕事をしていないかばれてしまうね。 でも、なかったらなくて済むものだ。 とはいえやっぱり見たいから、 どこも悪くなかったのならそろそろセットしに来てね、Sさん。
2001.10.18 (木)
昨日から2・3日出かけようと思っていたのに雨で予定を変更したら、快晴。 ぽっかりと時間が出来る。 風もなく、時間が止まってしまったような景色。 しかし、目を凝らすと橋の上を自動車が走っているし、煙も南へ流れている。 停止しているのは私だけか。
月・火・水と教室をして、 それ以外は自由に過ごせるというのは、 ある意味苦痛を伴う。 いつも次のデザイン、次の技法、 そして貯まったオーダー制作が頭を離れない。 さっさと仕事をこなせば少しは楽になるのは分かっているのだが、 体はのんびりしたいよぉと欲求する。 単なるなまけものだね?!
さて、 今日は泳ぎに行った後で、 制作に取り掛かろう。
2001.10.21 (日)
コランダムという石がある。 酸化アルミニウムで出来ているのだが、 これに2%のクロムが入ることで赤い石になる。 これがルビーだ。 少しでも他の鉱物が入って青みがかった赤になんてなってしてしまえばサファイアと呼ばれる。 また、ルチル(酸化チタン)の かぼそい結晶シルクが入ると、 6条の光を放ち、スタールビーと呼ばれるのだ。
ピジョンブラッド鳩の血といわれる最高級の色は、 私には似合わない。
しかし、 引出しの中にひとつ、 ピンクがかった赤で、 楕円のカボッションに磨かれたドロップのような石がある。 1年前に購入して以来、気になっている。 自分のためになんて、もう十数年作っていない。
情熱の石であり、 勝利の石。 邪悪をよせつけない力を持つが、 無分別の象徴でもある。 さて、 どうしようか。
2001.10.22 (月)
二日続けての雨。 小雨の折に、ビオラ、パンジー、カモミールを植える。 パウダーピンクのサルビアをぬいて、ノースポールを移植する。 どれもしっかりと根付くはずだ。 しかし、この雨で、100枚もの花弁を持つオールドローズ スーブニール・ド・ラ・マルメゾンの蕾は腐ってしまうかもしれない。 でも、切って花瓶に挿すと花開かずに枯れるので、そのままにするしかない。 自然に逆らわずいくしかないのだろう。
5時半を過ぎると真っ暗になった。 冬の足音が聞こえてくるようだ。
2001.10.27 (土)
自分の作品がどう展示されているかを見に、高岡(富山県)に行った。
高岡クラフトなんて一般の人は皆無といってほど知らない、でも、 作家や画廊関係の人なら大概知っている公募展。 入選だからそう嬉しくもないのだが、 何処かへ行きたかった。 無意識のうちに煮詰まっていたような気がする。
海の向こうに立山を望める雨晴海岸では、 稜線しか見えなかったけれど、 透き通った海と空気に時間を忘れるほどだった。 そして、久し振りにあてもなく歩くことでいろんなことが見えた気がした。 旅ってそんなものかもしれない。 そして、帰った時にメールが入っている嬉しさを知った。

2001.10.30 (火)
月がさえざえと美しい。 すばるの星々もくっきりと見える。 すぐ眼下にある桜の並木も赤く色づき いっきに秋 がやってきたような夜、 最近読んだ吉本ばななのSLYを読み返す。 彼女の描く心の細やかな人々のささやかな営み、 けれどそれぞれの心にくっきりと刻み付けられる時間のありよう。 彼女の物語のすべてに そういったちょっとつらくて、 あたたかい人々が描かれている。 秋の夜にはぴったりの小説なので読んでみてください。
残念なことに、 吉本ばななが好きという人にあったことがないのです。
2001.11.01 (木)
薦められて、ブレードランナーを観た。
人造人間レプリカントは、4年間しか生きられない。 彼らは、死を怖れ、生を追求し、出自にこだわる。 そうして、最後には生命の尊さに目覚ていく。
「存在理由レゾンデートルを追及する存在を、他の生物と区別して人間と呼ぶならば、 レプリカントもまた人間である。 人間にもいつかは死はやって来る。 そういう意味では、レプリカントも人間と同じ生を生きているのだ。 否、我々人間の現在の生きる姿勢こそはどうなのだ?」 というロジックを展開していく。
難解な映画とビデオのパッケージには書いていたが、 ハリソン・フォード主演で難解なはずはないでしょうと思ったら、 やっぱりそうでした。 でも、いい映画ですので見てください。 しかし、 AIといい、ブレードランナーといい
SFのシチュエーションはどうしてジャポネスクなのでしょうねぇ。
2001.11.03 (土)
ウィルキンソンのトニックを飲んだ。 すこし甘すぎるかな?! しかし、この瓶はいい。 全体的にスリムな紡錘形で、下半分が前後に4段波打っている。 色は、鮮やかなグリーン。 ラベルは、白い逆三角に青くWILKINSON、 そして青の三角に白くTONICと鼓型に重なっていて、 瓶の上部にプリントしてある。
とてもいさぎよく、とてもうつくしい。 この瓶を見ると、こころある人なら思わず手を伸ばしちゃうね。
2001.11.6 (火)
1年のうちでも最も有名な“しし座流星群”が、 またまた11月の17日から18日にかけて、極大期を迎えるそうです。
33年周期の当たり年だった一昨年、日本での大出現との予報に、 岡山での個展期間中にもかかわらず、 赤穂海浜公園に忍び込みシュラフのなかで過ごしたのに、 幾ばくかの流星しか見れずがっかり。 でも星が流れるたびに感激しました。 そんなささやかな喜びに浸った私を尻目に、ヨーロッパでは大出現。 そして昨年は曇リ空。
しかし、今年こそ明るいニュースです。
これまで、 しし座流星群の出現をほぼ正確に予報しているアッシャー博士が“今年は日本”と予測したのです。 今年も赤穂にて教室展 期間中。 そんなことにはめげず、がんばるぞ~!!!! 誰かいっしょに暗いところへ行こうよぉ~今年こそ3度目の正直を信じて。
そして、 どなた様でも流星雨が出現したら電話で起こして下さいませ。
2001.11.07 (木)
月曜日の夜の“アンティーク”というTV番組を見たことがありますか? 舞台となるケーキ屋さんの建物にお気付きでしょうか?
そのケーキ屋さんの入り口は、100年前のパリの地下鉄の入口と同じで、放射状に伸びる鉄とガラスの構造物。 店内に入ると高く天井までとどく大きな窓があり、 鋳鉄で出来た装飾パネルがほどこされているのですが、 それは植物の生命力を感じさせるうねった曲線が、太く細くなりながら左右非対称に絡まりあい、 一度見たら目に焼き付いて忘れられない独特な雰囲気を醸し出していてます。
どちらもフランスのアール・ヌーヴォー様式を代表する建築家 エクトール・ギマールの作で、入口は1900年、窓は1907年頃の制作。
1889年のパリ万博でアール・ヌーヴォー様式は花開き、あまりに装飾過多で技術を要する細工のせいか、左右対称でなければ落ち着かないというヨーロッパ人の美意識のせいか、工業化が進む時代にそぐわなったアールヌーボー様式は、20年ほど流行した後に直線的なアール・デコ様式に取って変わられてしまうのです。 そうするうちに、1937年 第2次世界大戦に突入して、 ギリシャローマ時代からの価値観を否定して、独自性と手仕事にこだわる余裕のあった時代ベル・エポックは幕切れるのです。
アール・ヌーヴォーについては、 思い入れがありすぎて書ききれないからこの辺にしておきましょう。
2001.11.13 (火)
ルビーの指輪を作った。 ビルマ産のちょっと青を含んだカボッションのルビーにK18の覆輪、リングの部分はsilverをやすりでで擦り出して制作。
いつも曲線のこってりしたデザインを作っているので、 自分のためのぐらいシンプルにと思ったのだが、 複雑な多面体にやすりをかけてしまった。 手が動くからと思わず凝ったつくりで、 しかも正確に作ってしまうことが私の弱点のようだ。 もう少し不器用だったらと云うと贅沢だろうか。 この指輪を作って、 性格いいかげん 手先正確という私は、 これから先、 作品がどう変化していくのだろうかとちょっと心配になってしまった次第であります。
1年のうちでも最も有名な“しし座流星群”が、 またまた11月の17日から18日にかけて、極大期を迎えるそうです。
33年周期の当たり年だった一昨年、日本での大出現との予報に、 岡山での個展期間中にもかかわらず、 赤穂海浜公園に忍び込みシュラフのなかで過ごしたのに、 幾ばくかの流星しか見れずがっかり。 でも星が流れるたびに感激しました。 そんなささやかな喜びに浸った私を尻目に、ヨーロッパでは大出現。 そして昨年は曇リ空。
しかし、今年こそ明るいニュースです。
これまで、 しし座流星群の出現をほぼ正確に予報しているアッシャー博士が“今年は日本”と予測したのです。 今年も赤穂にて教室展 期間中。 そんなことにはめげず、がんばるぞ~!!!! 誰かいっしょに暗いところへ行こうよぉ~今年こそ3度目の正直を信じて。
そして、 どなた様でも流星雨が出現したら電話で起こして下さいませ。
2001.11.15 (金)
18日(月)まで教室展を行っている。 20代の頃よく行っていた喫茶店がいつのまにか閉めてしまっていたのだが、 この度、 場所を提供してくださることになった。 漆喰の塗り壁に板張りの床、 アンティークの家具に囲まれて、 いい雰囲気のディスプレーが出来ました。 もちろん生徒さんの2年間の成果もすばらしい作品となって並んでおります。 私の作品も一緒に。
どうぞいらしてください。
2001.11.25 (土)
作品展のあと、教室をして、 大阪でグループ展をしてほっと一息のつもりが、 途中疲れていないからとインフルエンザワクチンを打ったら、 インフルエンザにかかってしまいダウン。 昨夜から18時まで熟睡しておりました。 やっと、 のどのひりひりはましになってきたみたい。 でもねつがあるせいでふわふわしております。 では、次はゆっくりと。
2001.11.30 (金)
本格的に風邪を引いてしまった。 一週間が経つというのに微熱がとれない。
おなかの力が抜けてしまったようで、 何をする元気もない。 今日も、 行き先の決まった作品を入れる桐箱に箱書きをしなくっちゃと思いつつ、 庭に出ると草花の冬支度をぽつぽつと。 でも、 一昨日からの風で、 庭も道路も木の葉で埋もれそうになっているのは、 見て見ぬ振り。 がんばる気が起きないのだ。 どうしたことだろう。 作る気もしない。 デザインも浮かばない。 何にもする気がしない。 厭世観に取り付かれている。 こんなに長期間こんな状態なのは初めて。 もうひと月もこんな状態かしら。 思い出して数えるのも億劫なのだ。 きっと外から見たら普段どうりなのだろうけれど、 こころが動かない。 いつもと違う。 これって鬱っていうのかしら……
どうしよう。 どうしたら元に戻れるのだろう。 なにもかも投げ出して、 旅行にっていう気さえ起きないのだから重症だ。 旅行どころか、冬眠したい気分なのだから。 近い日に、熱が取れ気が付いたら元気復活してたって云うシナリオが用意されていることを祈ろう。
2001.12.01 (土) 未明
パソコンをリビングから2階の工房に移動。 これまでは、庭を見ながらだったのが、 これからは、赤穂市街を見ながらです。 作品展前の10日程は、 制作より事務的なことに終われるのだけれど、 パソコンの中に資料が入っていたりすると、 2階と下とを行ったり来たりしていたのがこれからは随分便利になるだろうなぁ。 とは云うものの、 仕事場が狭くなったのは、ちょっと残念。 それに、 生徒さんに、 またまた模様替え~?!と言われそうでこわ~い。
2001.12.01(土)
私には、 お気に入りの場所がある。 その広場には、 角材を2本並べただけのベンチが並んでいて、 オリーブの木が数本所々に植えられている。 車で出かけることもあれば、 お気に入りのビアンキの自転車で行くこともある。
本といつも持っている5ミリ方眼のノート、 それに寝転ぶためのバスタオルの3点を必携して。 まず、 その日の気分と、風の向き、 影の位置でどのベンチにするかを考える。 青い空の下、 雲だけ見て、 うつらうつらして帰る日もあれば、 読書三昧のときもある。 デザインが進む日はあんまりないね。 デザインは、 もっぱらJRに揺れながらがいい。
今日は、 帰ろうとして、 はたと気が付いた。 しわしわの黒い物体がそこここに落ちているのだ。 なんだろう。
えぇっ て思って見上げると、木にはたわわに 実が成っているではありませんか。 そうブラック・オリーブの実ーです。ちゃんと実が成るんだぁなんて妙に感激。 手の届くところのをすこし拝借。 これってオイルに漬けるんだっけ。 それとも ピクルスにするんだっけ。パスタとかに入っているよね。
誰か使い道を教えてください~!!!

2001.12.04 (火)
重松 清の「四十回のまばたき」を読んだ。 ひとりの男との出会いを通して自分の心に巣くう欠落感の存在に気付き、 そして解き放たれていく30歳の男性の物語。 もっと 平たく言うと、 周りと近づきすぎることなく 上手く心のバランスをとって さらっと生きてきた彼が、 自分の感情が揺らぐことを受け入れられるようになり、 これから他人と深くかかわって生きていくんだろうなぁと、 心が伸びやかに溶け出していくお話。
20数年前に読んだカーソン・マッカラーズの The Heart is a Lonely Hunter を思い出した。 こちらは、 総ての登場人物が欠落感にふたをして、作者は愛の不毛を唱える小説。 とても対照的。 せっかくなら人とちゃんと関わって生きていきたいよね。 私は欲張りだから物ともね。
ある人と出会ったこと、 あるものに触れたことで、 自分と周囲との関係が変わっていくことは確かにある。 それは周りが変わったのではなく、 自分がふとしたことに気付いただけだったりする。 「穴ぼこの縁すれすれをあるきながらここにいる奴もいるし、小さな穴ぼこを知らずに跨いでいる奴もいるし、 穴ぼこの周りに手回しよくフェンスを張り巡らせている奴もいるだろうけどな。」 欠落感、もしくは空虚を抱えて生きる人にとっては、 必読の書だろう。 自分自身、そして自分を包む世界と上手く付き合っていける手掛かりがつかめるよ、 きっと。
私も、 ゆっくり読み返してみるつもりだ。 そうすることで、ちょっとパワーの落ちていた最近から脱却できるような気がする。
2001.12.09 (日)
エッグベーカーって 知ってますか~。 まず、 土鍋にフライパンみたいな取っ手が付いている図を思い描いて! そして、それを7センチほどに縮小。
それがエッグベーカーです。
神戸阪急で見つけて以来、 毎朝ガス火にかけて 油を引いて卵をポコッ。 塩コショウの朝もあれば、 クレージー・ソルトの日も、 おしょうゆの日もあり、 タルタルソースの日も。 毎朝毎朝、使っています。 おいしく焼けて、 焦げ付かない。 最高です。
もうひとつ阪急でおすすめは、 ドイツのemsaって云うメーカーのドレッシングのレシピが書いてあるボトル。 線まで入れるだけで、 イタリアン、ビネガー、フレンチ、 ヨーグルトなどいろんなドレッシングが出来ます。 私は、フレンチ・ドレッシングに エバミルクがあんなにたっぷり入っているなんて、 このボトルではじめて知りました。 カロリー高いよね~(^^;
2001.12.10 (月)
中沢新一が書いた文章のごく一部 「ひとつの安定した分子の結合状態を、高熱を加えることで、いったん流動的な状態に解きはなち、 そのゆらぎをはらんだ流体のなかから、新しい安定した分子の構造ができあがってくる。 そのゆらぎをコントロールしながら、安定した構造体にうつしていく技術。…….物質の中間状態……..そこをうまくコントロールすることによって生きのびようとする「技術者」、 そういうシャーマンや戦士と同じような象徴的な位置を、 ガラス職人や金銀細工師、たたら師などはあたえられていたのである。」
長年の彼の思考のキーワードは、 中間状態。
20年以上金属に関わってきて、 何がって、やはり中間状態をあやつることは最も難しいと思う。 銀と銀をくっつけるロウ付けだって、自由自在に行えるのに10年じゃぁ無理でしょう。 中間状態といえば、 溶かすことでくっつけていく溶着、 また、 表面だけを溶かして趣をだすこともできる。
いま、 私は、 完全に流体にした銀に形を与える技法に取り組んでいる。 そこそこ思うようにあやつれるようにはなったが、 さてこの素材をどう活かしたものか。 こうやって考えていくのが、 ゲームをクリアしていくようでこの仕事を辞められないのかもしれない。
2001.12.13 (木)
9月の下旬に個展を追えて以来、 パワーが抜けてしまってフニャ~っとしてしまって、全く制作をしていなかった。
今週に入って俄然やる気が出て、 制作を開始! だけど、怠けた私に神は天罰を与えた。 天網恢恢粗にして洩らさずって? もらして欲しかったよ。
10月中旬に鎖骨をいためて、早く直したいので、 バッグさえ持たないように心掛けていたせいもあろうか、 なんと、 左手の筋肉が消えたのだ (*_*) 左の親指のつけ根の横で、人差し指の下の位置の裏表に、 くっきりと、ささみ状態の筋肉がついていた。 そして、 左の人差し指から肘への延長線上の甲側にも、 ささみがひとつあった。 が、 どちらも消えた(-_-;) 別に、筋肉を誇っていたわけじゃぁない。 そんな趣味はない。 失ってしまった今、 部品を持って、 やすりをかけると、 ぐらついて仕事にならないのだ(T T)
これまで、 指先で支えている部品がぐらつく生徒さんに、 「持ちかたが悪いからよ」とか、 「もっと、すり板を上手く利用しなくっちゃぁ。」 などとえらそうに指摘していた私 m(- -)m。 筋力がないとそうなるんだってはじめて知った。 もう、 あんなに早く、やすれないよぉ~! 絶句。 愕然。 茫然自失。 2月初旬の個展はどうなるのだぁ。
筋肉ってつくのに何日くらいかかるんだろう (・ ・# 3日前から、 時間があれば、 左の親指と人差し指の筋トレに励む松村でした。
2001.12.20 (木)
先日、 世界文化遺産に登録されているシリアのパルミラ遺跡から、 紀元前4世紀ごろの墓が出土し被葬者の3・40代の男性がつけていたという装身具のカラー写真がが新聞の一面を飾った。
縞模様が美しいめのうのビーズは、 両端には、波線をロウ付けした金がかぶせてある。 これほどに美しい玉を身につけていた人ってどんな人だろう。
現代ほどものがあふれていない時代に、 これを身につけるとつけないでは、 ずいぶんとちがったんだろうぁ。 人格までもを持ち上げてくれそうに 格調高く、 清らかな感じの玉だ。
中央は、エトルリアの粒金(りゅうきん)細工とよばれる手法のペンダント・トップ。 紀元前7世紀頃、 北イタリアの古代エトルリア人が金工品にほどこしたことで知られている。 過酸化銅や 水酸化銅を含んだペーストを本体と粒金に塗った後、温度を上げることによって、 ともづけするという手法です。 粒金同士が接点だけで溶着された状態なので、 ロウ付けにくらべ、とてもすっきりとした仕上りなのです。
エトルリア人は何処へいってしまったのか謎のままなのに、 こうしたすばらしい品は、2400年を経てもなお、 現代の我に感動を与える。 作り手としては、本望だろうなぁ。

2001.12.31 (月)
年末というのは、 どうして こうもバタバタ過ごす羽目になるのでしょう。 昼間、家の中や庭の掃除、 そして車でお買い物と走り回ったのに、 夜になっても、 年賀状だの、宅急便に入れる手紙だのと忙しい。 普段いいかげんにしている付けがこんな時に押し寄せてくる。 なのに、 この数日、 月がこうこうと照って美しい。 お月様の光りのもと、 ゆっくり過ごしたかったよ。
それでは、 よいお年を!
2002.01.01 (火)
雨の静かなお正月です。 寒さも年末に比べると和らいだ気がします。
毎年、賑やかに過ごしていたのに、 今年は、ひっそりと 新しい年を迎えました。
これはこれで、 良い お正月だと、 悦にいっています。
今年も厭きることなく、 このHPを開いてくださいね!
明けまして おめでとうございます。

2002.1.6 (日)
今年に入って、 制作ひとすじの日々。 実にストイックにがんばってきたのに、 昨夜はくじけて、 スイミングに行き、 その後、 友人のところで日付が変わるまで過ごしてしまった。 私の集中力なんて、 たかだか4日と半日なのか(^^;
新聞に、 河合隼雄が、文化庁長官に抜擢されたって載ってて、 びっくり。 そんなメジャーな活動をする人だとは知らなかったので。 みなさ~ん、 河合隼雄って知ってます? ユング心理学の第一人者で、 それに東洋的思想を加えた独自の思想家というか。 中沢新一との対談集「ブッダの夢」とか、 谷川俊太郎との対談集「魂にメスはいらない」とか……わたしの愛読書なのですよ。 ちなみに、 文化庁って具体的には、 何するとこなんだろう・・・・・河合さん、 ちょっと、 最近活動がミーハーっぽくない?!
2002.1.14 (火)
見るでもなく、 テレビがついていた。 青年の主張というのだろうか。 私の好きな小説家の重松清が批評に出ていたから、 消さずにつけていた程度で、 真剣に聞いていたわけじゃぁなかった。
ある女子高生が、 鶏を飼育して、 何ヵ月後かにそれを解体して食べるという授業の話をしていた。 彼女は最後に、 鶏の命に敬意を払って頂戴しますという意味をこめて「いただきます」といって食したという意味のことを言った。 それを聞いたとき、 はっとした。 もっと、ちゃんと聞いておけばよかったと後悔もした。
これまで、 自分自身が他の生命を奪うことで生きているという実感はなかった。 が、 彼女の感謝に満ちた「いただきます!」は、 生々しかった。 時には、 命をもらって生きていることを意識して、 食事をすることも大切な気がした。
2002.1.18 (金)
吉野ケ里遺跡の発掘と保存についてのテレビを見た。 保存か開発工事かをめぐってもめた時、 試しに墳丘墓を掘ることになったらしい。 その折、 掘り始めて2時間ほどしたとき、 王を示す剣や管球(くだだま)が出たという。 2000年も前にその地に住んだ人々の壊してはならないという意志を感じずにはおれない。
こういった玉を、 その頃の人々は、 権力の象徴であったり、 神のよりしろとしたのだろう。
近頃、 玉を巻くことができる人はずいぶんと増えている。 私もその一人だが、 素材の豊富さと道具の進化によって、 かつてより美しく高度な玉を巻くことが出来る。 だが、 そのなかに霊的な力を感じさせることのできる玉がどれだけあるだろう。 そういう思いから、私は新しいとんぼ玉を作品に組み込むことをしなくなった。
何が違うのだ? 作り手、そして使う側双方の思い入れの違いだろうか。 この、 もののあふれる時代に、 ものに魂を込めるって、 なんと難しいことだろう。 でも、 そういったものを作りたいと思う。
2002.2.19 (火)
今回の作品展ほど、 苦しんだことは初めてだった。
いつもは、 三ヶ月かけて制作するのに、 体調が優れず、 今回は、ひと月半で制作。 お正月以降、作りに作りつづけ4分の3は新作。 我ながら良くがんばったものだと思う。
作品展では、 多くの方に作品を見ていただくのはもちろんのこと、 友人知人いつも来て下さるお客様に久し振りに会えるのも、 作品展の楽しみのひとつ。
みなさ~ん、 来てくれてありがとう! うれしかったです~!
どうにか盛況に終えたことにほっとして帰宅すると、 昨年末に頼んでいた額屋さんからの宅急便の不在伝票が入っていた。 翌朝とどいた荷物は、 さすが「カナタ」だけあって、 手を掛けたマットが 額のクラシックな印象に程よく合い、 すっきりかつ格調高く仕上がっていた。 担当の女性にお礼をと、電話をしても不通。 で、 添えられた封筒を開けると、 なんと前日で店を閉じたとの内容が記されていたのだ。 今回のが出来上がったら、 次に5世紀頃のガラスのネックレスを額装してもらおうと思っていたのに・・・・・ 近頃、 ポリシーをもっている店がどんどんと閉店していく。 時節柄とはいえ、 ちょっとかな
2002.3.4 (月)
今夜、 南果歩の「幻の光」という一人芝居を見に行った。 宮本輝の原作は、 10数年前に読んだが、 うろおぼえにしか記憶になかった。 芝居を見ながら、 どんどん内容が甦ってきて、 科白と記憶が交錯しながら妙な感じで見ていた。
窓という設定の菱形に切り抜かれた枠と、その両側に黒い薄いドレープの入った布だけの簡潔な舞台が、 奥能登の漁村の中の一軒の家の2階という設定をさらに抽象的な位置に感じさせ効果的であった。 そして、 そのドレープにライトがかすかにあたって揺れる様子が、 海がきらめく様、 彼女の揺れ動く心を象徴しているようでよかった。
なんの理由もなく幸せの中で自殺した夫。 その記憶から逃れるように奥能登に嫁ぐ主人公。 そこで彼女も子供も優しく受け入れられ 幸せに暮らす。 しかし ふとしたときにかつての夫の姿を思う。 嫁いで数年して、 彼女は初めて 前夫が自殺したことを他人に言える。 そしてその夜、 夫とも初めて前夫のことが話題になり、 酔った夫は、人間は精が抜けたら死ぬしかないと言う。
その言葉に、 彼女はなんとなく妙に納得がいく。 そして、 自分も、ふと精が抜けてしまいそうな瞬間を持っていることを認識し、 時折きらめく海の光る様は、 あたかもその瞬間に、 誘っているようだと感じながら幕を閉じる。
最後のほうが、この芝居ではちょっと曖昧でだった気がするが、 1時間半、 まわりの人々は、 身じろぎもせず彼女に引き込まれていた。 淡々としながら、 離さない凄みがあった。 もう一度、 原作を読み返してみよう。
そして、 また、 誰しも、 そういった瞬間を持っているのかもしれないという気がした。 意識しても しなくても。
2002.3.10 (日)
このひと月、 庭の大きな木を切り倒して、手入れが楽な低木と草花にしようと、 暖かな日を見計らってはがんばっている。
今日は、 お茶の木の跡に葉蘭を植え替えようと、 庭の隅にある株を掘りおこすと、 なんと根元に花が咲いていた。 (葉蘭って、 お弁当に入っている緑色のビニールの仕切り、 あれの本物。) 生まれた時から庭には植わっていた葉蘭だが、 花が咲くとはこの度初めて知った。 地面から直接半開きの水仙の花首が上を向いて出ているような形状。 高さ4・5センチ、 乳白色で産毛が全体をおおい、 花びらの先だけ小豆色。 たとえようがないので水仙といったが、 どんな花に似ているなんていえない独自の形をしている。 子供の時から、庭には結構珍しい花が揃っていて、 花には詳しいつもりでいたけれど、 足元を掬われたっていう感じの驚きだった
2002.3.11 (月)
未明には雷鳴と稲光が激しかったわりには、 今朝は青空のひろがる穏やかなお天気。 週末までお天気が続くらしいので、 庭木に薬を噴霧した。
妙なもので、 家人の元気がないときには庭木も弱る。 4年程前父が体調を崩し、 母もダウン。 私も元気の出ない年月を過ごした。 庭木に手が回らなくなると、 うどんこ病などの軽い病気からはじまって、 黒星病や重症のもち病が蔓延。 あまりのひどさに見て見ぬ振りを決め込んでいた。
去年の春頃からちょっと元気が出て、 殺菌剤を何度もやったせいか、 冬には久々に万年青、 万両、千両、 南天にもちの木などがたくさん実をつけた。 5種類ほどあるオールドローズの葉も青々としてきた。 あともう少しで、 椿やさつきも元に戻りそうだ。
こうして振り返ってみると、 どうしようもなく過ごした3年間って、前厄、本厄、 後厄の三年間にぴったりと会う。 厄年からも2月で脱出。 これって、男の人だけで、 女性には関係ないのかな?! でも、 最近、 いっきに元気になって、 庭だけでなく、 これまで気になっていた家じゅうのあらゆるところを整理している。
2002.3.12 (火)
今朝、 この春初めてのうぐいすの鳴き声を聞いた。
今年は、 椿の花が早く咲き、 3分の1咲いたところで途中やめになってしまった。 残りは固い蕾のまま。 こんな年はめったになく、 おかしいなぁって思っていたら、 椿の花に群がるメジロも来ない。 ちょっとがっかりしていたところ、 今年は例年になく鶯が早い。
近ごろ、 飲みに誘われることが多い。 以前は、 年に何回かって程度だったのに、 最近は、月に何回かだ。 夜を楽しんでいる人達がこんなに多いとあらためて知った。 こうして、 今夜も遅く帰って、 うぐいすのことを書きたくて深夜パソコンに向かっていると、 携帯にメールが入った。 みんな、 昼間の疲れをニュートラルな状態にもどす時間が必要で、、 遅くまで起きているのだろうか。
2002.3.13 (水)
私にとって、 インターネットのありがたい特典のひとつがメールマガジン。 photoshopの解説書の著者が発行しているマガジンとか、 風水、 お薬の豆知識、 ちょっとした心理学とか、 生活の中の化学などなど、 登録さえしておけば送信してきてくれる。 本屋に行くこともなく立ち読みできる感覚。
心待ちにしているメールが来ない今日、 届いたマガジンを読んでパソコンを閉じよう。
2002.3.15 (金)
今朝、 アーモンドの花が咲いた。 まだ、 たったの一輪だけで、 あとの蕾はまだ固そう。 庭では、 貝母百合や口紅水仙が満開。 日当たりのいいリビングには、 シンビジュームにヒヤシンスが咲いている。 今年初めてヒヤシンスを数株植えてみたのだが、 咲いてみてびっくり。 なんともいい香りなのですよ。 大仰な花なので、 これまであんまり好きでなかったんだけれど、 こんなにいい香りがするのなら、 これからは毎年鉢植えにしようと思ってしまうほど。
2002.3.16 (土)
先日ネパールに撮影に行っていたMさんが、 お土産を持って来てくれた。 いつものマッサーラやネパール紙の他に、 今回初めて黒い岩塩。
もう10数年前にネパールに行った折り、 この岩塩が欲しくて、 市場でこれだ!と思って買って帰り、 ホテルで舐めてみたら甘かった(^_^;) なんと氷砂糖でした。 「チベットの医学」(?!)って云う本に、 日陰でざるに入れて並べてあるけれど、 陽にあたると変質するので、 上からむしろをかぶせて売っているから見つけにくと書いてあったので、 気をつけて見ていたにもかかわらず見つけることは出来ず、 英語のわかる店は、 きれいな袋入りの無色透明の岩塩しか置いていず、 結局解らずじまい。
その時、 なぜ黒い岩塩にこだわっていたかというと、 もちろんおいしさの点もあるけれど、 ヨードがたくさん含まれていて虫歯にならない上、 口内炎になったときなど、 お料理に使っただけでも早く治ると本に書いてあったから。 この2・3日、胃が痛いのだけれど、 この岩塩で早く治るといいなぁ。
時とともに忘れていて、 毎年ネパールに行っているMさんにも、 毎年神戸に来るサキヤさんにも頼んだことがなかった。 で、 この度、期せずして黒い岩塩に巡り会った、 という次第なのです。
この岩塩は、 ヨードをたくさん含んでいるせいで あずき色をしている。 舐めてみると、 味は甘みのあるおいしい塩という感じなのだが、 硫黄やリンの匂いがする。 と、 仕事柄、 ピ~ンと来た。 古美せる!(いぶせると読んでください。 いぶし銀の古美すですよ。)私は、 普段、 塩化金で古美し、ヨード液で定着させている。 場合によっては、 硫酸銅を使うときもある。 でも、 解説書を見ると、 ムトーハップなどの硫黄成分でいぶす人もいるらしい。 ね! もうわかったでしょう。 硫黄とヨードが入っているとなれば、 水に溶かせば古美液になるってことですよ。 (温泉につかってリングが黒くなっても、 すぐに戻るのは、 ヨード等で定着させてないからなのです。)
実際に黒岩塩の水溶液に銀のリングをつけてみると、 ちゃんと古美せました! 硫黄で古美した時の特徴ともいえる こげ茶系の色合いだけれど、 上に青い膜が美しく張りました。 この、 青い膜は美しい! でも、 その下のこげ茶色がちょっと気に入らないなぁ。
今、 塩化金より青黒く古美せる方法を模索中なのです。 化学の知識が豊富な方、 どなたでも結構ですので、 ちょっとしたアドバイスでもいただけませんかぁ~! よろしく!
2002.3.21 (木)
三寒四温というけれど、まさにそんな感じの日々。 あったかいと思ったら、 肌寒い。 それなのに、 月曜に高取峠を走ったときには咲いていなかった桜が、 昨日は、 2本ほど満開。 千種川の東岸の山にも、 数本桜が咲いている。 赤い葉のほうの山桜はまだのようだが、 普通の山桜は開いている。 今日は、 家の前の染井吉野の蕾までもが、 濃いピンク色を覗かせている。
もちろんアーモンドの花も満開。 今年は、 異常に早いね。 千種川沿いには菜の花まで咲いている。 あれって、 桜が終わってから咲くんじゃぁなかったっけ? とにもかくにも、 あたたかいのは嬉しいですが。
2002.3.26 (火)
22日、 横浜から一人で遊びに来た姪っ子に誘われて、 USJに行った。 しっかり12時間遊ばせて頂きました! ジュラシックパークとバック・トゥ・ザ・フュチャーは癖になりそう。 それと、 夜の景色もね。
で、翌日姪を新幹線に乗せ、ほっと一息と思いきや、備前焼の香炉に火屋を作ることになった。 いつもミリ単位の制作なので、 センチという単位のものには戸惑う。 なんてったって金属だから、 私の力で板や線を曲げるには限界って云うものが立ちはだかるのだ。 その上、 ロウ付けにはバーナーの火力も関係してくるしね。 で、 昨夜というか今日の未明、デザインが決定。 これから制作にかかる。
Mさんには、 3月中には遊びに行くねと言い、 Oさんとは4月に入ったら早々に旅行しようねと約束したというのに。 よくよく働くように生まれついているみたいだ。
2002.3.27 (水)
ここ数日、 大切な連絡を待っていた。
携帯にあると思っていたら、 自宅に電話が来た。 姪が来て、 留守がちだったので、 連絡が取れなかった様だ。 世の中には、 そんなすれ違いで大切なものを失った人って、 いっぱいいるんだろうけど、 わが身になるときついね。 この度は、 出ても、 出なくても、 上手く運ばなかったんだろうと思う。 でも、 もしかしたらって…….って、 思っちゃう時もあるよね。 It is no use crying over spilt milk. なんでこんなのが頭に浮かぶんだ! 高校生の頃には、 丸暗記で内容なんて意に介さなかった構文。 今の私には痛い。
2002.3.28 (木)
仕事場からも、 リビングからも、 窓辺に近づくと、 この時期、 何かかけがえのないものが横たわっているかのように、 ほの白く浮かび上がってくる桜並木。
春にしては珍しく空は澄み渡り、 透き通った満月が時間を止めてしまったように周囲を照らす今夜、 陽の射している時にはない妖しい気配を 夕闇が近づく頃から密やかに漂わせはじめ、 人が寝静まったこの時間になると、 ようやく本来の姿をあらわにするのだ。 この静まりかえった空気の中で、 毛細血管を思わせる根から幹を通して、 血を絞るような思いで白い花を染めていっているにちがいない。
何年も、 毎日毎日、 眼下に桜並木を見下ろしていると、 桜には誰にも見せない姿があるのだと、 そんなことを感ぜずにはおれない。 人の心を捉えて離さない不思議な木。
あと十日もすれば、 はなびらをのせた風が窓の外を流れる。
2002.3.29 (金)
今、 ヨーグルトの菌を飼っている。 そう、 今の私にとって、、 ヨーグルトの菌は、 ペットのようにかわいい存在なのだ。
1000ml の牛乳のパックを開け、 冷蔵庫の中から、 すでに出来上がってほとんど食してしまったヨーグルトの入った牛乳パックを出す。 とろとろとろっと新しい牛乳に大さじ2杯ほど流し込む。 そうして、 洗いおけに手を入れられる程度の温度のお湯を張り、 牛乳パックを漬ける。 息ができるように、 ふたを開けたまま、 ゴミが入らないようにティッシュでふたをする。
これだけで、 朝には、 パックがパンパンに膨れ、 ヨーグルトが出来上がっているだ。 その様子を見ると、 あぁ、がんばったのね!って声をかけたくなるほど。 味は酸っぱくなくて、 牛乳をまろやかにしたよう。 感触も、 どちらかというとフルーチェ。 ティッシュのふたを開けると、 ヨーグルトの香りが漂うのだが、 それを封じ込めるかのようにふたをして、 冷蔵庫にしまう。
で、 食べたお皿を洗う時が、 またまたかわいい。 水と交わらず、 白く細く糸のようになりながら、 ヨーグルトの菌同士が手をつないで離れたくないよ~って言っているかのような雰囲気をかもしつつ流れていくのだ。
ヨーグルトに元気をもらっている昨今の私の日常のひとコマでした。 今日の分だけ読んで、 変な奴だと思わないでね!
これを読んで飼いたくなった人いるでしょう?!
2002.3.31 (日)
備前焼の香炉に合わせて火屋を作っている。 身に付けるものと違って、 立体だし大きいし大変。 材料だけでも分量が桁外れ。 直径1.8mmと2.0mmの丸線を5メートル金槌でたたいたら、 人差し指の腹に水ぶくれができ、 薬指と中指の側面の皮が剥けた、そんなに仕事から遠ざかってたわけでもないのに。 その上、 制作にくたびれたら、 庭に出てよく草木を移植しているせいか(庭を大改造中なのです)、 いつのまにか手の甲にまでぶつぶつが出てきた。 むずむずする。 毛虫なんていなかったと思うんだけれどなぁ。
今日は、 不調。 線で作った部品をなましていると先端が溶けたり、 ロウ付けしてて溶かしたいところの反対側を溶かしたり・・・・・全然、火が見えてないよ! まるで生徒状態じゃない。(生徒さんごめんなさいm( ..)m) めったにない絶不調。 注意散漫な自分に滅入る。
今夜はもうこれくらいにして、 明日から心機一転がんがるぞ~!!!
2002.4.5(金)
2日(火)にお花見と称して、 窓から覗けば桜並木が見下ろせるのをいいことに、 無精にも私の工房(室内)にて、 パーティー。 10人あまりのすべての人が、 しゃっべって飲んで酔っぱらいました。 み~んな二日酔いだったそうです。 私も、 翌日教室をしてても眠くて眠くて、 結局、 眠気が覚めたのは夕方でした。 あんなに酔ったのは 初めてで、 二日酔いがあんなに眠いものとは知らなかったよ。 とは言うものの、 たのしかったよね~!
2002.4.7 (日)
桜の花も盛りを終え、 散歩の人も少なくなり、 ほっと一息ついて庭に出て花の手入れをしていると、桜の下から謡曲が。 そういう趣味のある方々が花見をなさっているのでしょう。 大勢での謡いがあり、 お一人で吟じられる方あり、 雨上がりのし~んと湿った空気に漂って、 なんとも風流な時間を頂戴いたしました。 こういうときに曲名などわかれば、 さらに趣を感じることが出来たでしょうに、 己の教養のなさを痛感いたしますです(T T)
2002.4.9 (火)
昨夜、 スイミングに行き、 耳に水が入った。 いろんな事を試してみても塞がったまま。 今朝目覚めても なおっていず、 お昼になっても、 なおったり塞がったり。 その上、 ず~んって痛い。 早めに行っておこうと思って、 夕方耳鼻科に。 正常に聞こえているし、 水も入っていないし、アカもないとの事。 奥のほうで、少し炎症が起きているからと2日分のお薬をもらう。 炎症って、 私がティッシュをコヨリ状にして水をすわそうとしたせいで傷ついたのかしら。
でも、おかしいのよねぇ、この変な感じは、どうにかならないの?!って思っていたら、 先程、 鼻から水がさら~って、 結構たくさん流れ出て来て、 すっかり聞こえるようになりました。 さすがに炎症を起こしているせいか、 おかしな感じはまだ少し残っているんだけど、 スキッっと軽くなりました。 よっぽど奥に水が入っていたのかしら。 これからは、 耳栓して泳ごうかなぁ
2001.09.30(日)
金木犀が香る時期になった。 この香りは私に“旅に出なさい”と告げる。
前期試験を終えた1週間の休みに四年続けて、金木犀の咲く道を下宿から駅までリュックを背に歩いた 記憶が、私の脳に完全にインプットされてしまったようだ。 しかし、今年はふと思い立ってHPを作ろうと 意気込んでいる。 神戸での個展を25日に終え, 翌日は神戸での彫金教室を行い、それ以降、赤穂の 自室のパソコンの前に居座って4日目。
やっと、このページまでたどり着いたところ。 もう、肩はこり眼は霞んできた。そんなところに旅のお誘いがきた。 もうじっとなんてしていられない! 明日から3日間教室をした後、金木犀のあま~い香りに誘われて出かけてしまいそうです。
こんな書き出しで2001年に始まった彫金工房アーモンドツリーのホームページ。 アップしていたレンタルサーバーが
ホームページビルダーで制作したサイトを受け付けなくなり、数年前から停止していました。 コロナでのんびり気分の今、 作り直しのチャンスかしらと思い立って、2022年、再度アップすることにしました。 お暇なとき、ちらりとお読み頂いて、 なつかしんで頂ければ嬉しいです。
2002.4.13 (土)
今日の朝日新聞 Be on Saturdayで、熊川哲也が晴れた休日にはMarisa Monteマリーザ・モンチの曲をかけていると書いていた。 私も、 昨日ブラジルのカエターノ・ヴェローゾについて書いたが、 彼と並んで好きなのが同じくブラジルのマリーザ・モンチ。 今日は、 仕事をするぞ~って気分の日、 晴れた朝にはもってこいのCDだと思う。 以前の土臭さが残ったCDより、 私は2000年に出したAMOR I LOVE YOUの入ったCDのほうが洗練されてて好き。 最近新しいのが出たって教えてもらったんだけれど、 先日ヴァージン・レコードに行ったらなかったのよねぇ。 マリーザ・モンチもお薦めなので聴いてみてね。
ところで、 今日コンタクトレンズに再々挑戦。 25年前と12年前にハードもソフトもドライアイで断念していたのだ。 15分も経てば渇いてきて視力が出ないし、 まばたきした拍子にソフトでさえ眼から外れた。 今回の2週間使い捨てタイプのは、 極薄のせいか今のところ大丈夫のよう。 あえばいいなぁ。
2002.4.16 (火)
近頃は、 雨が音をたてて降る。 以前のように、 しとしとと降ることが少ないようだ。
部屋にいるときに限って言えば、 雨音とは、 なんと心地良いのだろう。 大切にしている庭のオールドローズを植えかえたせいもあろう。 この雨でしっかりと根付くという思いが、 余計にそう感じさせるのだろうか。
雨音が好き。 そう思いはじめたのは、 何時からだろう。 雨が降るたびに、 その音に耳を傾けている自分に気付く。
2002.4.17 (水)
目覚めると、霧。 あたたかく、しっとりとした空気。 昨夜遅く先日から取り掛かっていた香炉の火屋2号が出来上がったので、 霧の中宅急便に持っていく道程、 ふと角を曲がると、 異次元にワープできちゃいそうな妙な雰囲気が漂っていた。
2002.4.18 (木)
久し振りに大阪、 船場。 本町で下車して心斎橋筋を南へ。 これまでよくあった 家の玄関先が店のような造りのお店がどんどん様変わりして、 一般の人が入れる普通の店に改装した所が急激に増えていた。 目印にしてた店がなくなってたり、 「小売はいたしません」という札がぐ~んと少なくなっていたし、 そこここに、 80%OFFの文字。 半年振りに行くと浦島さんみたいな気がした。
で、 とりあえずおなかが空いたな~、 一人だしそごうの美々卯に行こうかなと思ったけど、 そごうって閉店しちゃったのよねぇ。 で、松葉へ。 ここはきつねうどんをはじめたお店。 でも、 注文が多いのはおじやうどん。 最初、 相席したサラリーマンのもとに、 半分ご飯半分うどんが入っている四角い鉄の鍋がおかれたときには、 何ナノこれは!って思ってしまいました。 なのに節操無く、 次回私は怖いもの見たさでそれを注文してしまったのです。 一見小ぎたな風ですが、 どんこだの穴子だのと具もおいしく美しいのです。 で、 今日もおじやうどんを食べていたら、 隣の席に関東弁の中学生達が入ってきて、 関西のうどんって薄いんだと思ってたらおいしいだの、 あげが甘いだのと静かに大騒ぎして食べてました。 いまどきの修学旅行って自由に大阪を歩くのね。 観光名所をまわるより楽しいだろうなぁ。
そうこうしながら、 その辺に集中している宝飾関連のお店を回って、梅田へ。 せっかくだからと阪神のデパ地下へ。 でも くたびれて、 パワフルな場所に居る元気がなく、 そうは言うものの なにかちょっとと思い、 昨日、 阪神で一番売れているコーナーは柿安ダイニングってテレビで言っていたのを思い出したので買ってみました。 デパ地下のお惣菜って、 味が濃く甘い味付けが多すぎるのが不満だったのよねぇ。 でもここのは違った。 おいしかった。 はずれの品がなかった。 よい品は売れるってことね。
2002.4.20 (土)
みなさ~ん知ってますか? 見ましたか?夜空ですよ~!星ですよ~! 水星、金星、火星、木星、土星、 5つの惑星の直列が20年ぶりに見られるという天体イベントです。 今夜から西北西の空に現われ、 5月12日頃まで見ることができますが、 水星は8日頃から早く沈んでしまうので早めのチェックがいいかも! そして次の惑星直列は、なんと2060年頃。
この度は、我々にとって最後のチャンスだよ!
2002.4.26 (金)
久し振りにすっきりと晴れたいいお天気。 思わずキリムを洗うことにした。 1畳ほどの大きさのウールの平織りの敷物。 カズビンという地方のもので、 すこし年代ものだから草木染め。 お風呂に水を貯め、 モノゲンと塩を入れた後 しばらく漬けておいてから、 たわしでごしごし。 薄いようでも水を含むと随分と重い。 結構な重労働だった。
使っているときには気にもかけなかったのだが、 物干しに架けてみて、 この度初めて気が付いたことがあった。 補修をした後があるのだ。 ところどころ藍色が濃かったり、 ベージュの色の系統が違っていたりするところがあることには、 以前から気が付いていた。 しかし、 日本人と違って結構いいかげんだから、 手織りなので、 糸が足りなくなって少し色が違っていても気にせず織り続けたものと思っていた。 が、陽に透かして見ることで確信した。 横糸しか表面に出ていない為、 穴が開いても縦糸は残るのだろう。 横糸を丁寧に織ったように渡し、 何箇所も補修している。
アンティークのものを購入する時、 私は常日頃、 作ったまま倉庫にしまってあって古くなったもの、 もしくは、 ほとんど使われずに年月を経たものしか買わない。 そうしたお皿を買っても一晩、 塩素漂白剤に漬けて消毒する。 他に持っているキリムは、 古いけど新品のものだ。
その私が、 このキリムに関しては、 古さは気にならずに買った。 そして、 さらに今日は、 何箇所も補修してあるのを発見して、 誰かがこんなに大切に使っていたものなんだなぁって、 私も大切に使わなくっちゃぁ!と思った。 それ程、 数え切れないほどある小さな補修の後は感激的だった。
そうやって、 どの時代にも、 誰からも愛される品ってあるのね。 私の作る品もそうあって欲しいものだ。
2002.5.5 (日)
今日は、 この春一番に、むしむしと暑い日だった。
庭に出ると、 雨のあと、 いっせいに動き出したのか毛虫がいたるところに。 私が大切にしている粉粧楼という名の 100枚以上もの花弁を持つバラの蕾を半分近く食べてしまっていた。 今年はたくさんの花が咲くと楽しみにしていたのに.....
今、 庭は花盛り。 すずらん、 姫いずい、 つぼさんご、 一人静か、 半鐘蔓、 岩石蘭、 黄えびね、 高嶺えびね、 紫蘭、 なでしこ、 ガーベラ、 チェリーセージ゙、 ノースポール、 八重咲きのチューリップ、 クレマチス、 その他名前を忘れちゃった花たちが咲き競っている。
そんな庭の片隅で、 愛車ビアンキのクロスバイクを洗い、 ワックスをかけた。 “水色と緑色の中間の色合いが、なんと爽やかなんだろう! そして、うっすら水色に光るメタリックの加減もちょうど良いよね。” などと 心の中で絶賛しているうちに、 あっという間にピカピカになっていった。 なのに、何ヶ月も使うだけ使って洗わない無精者の私。 赤穂で、 タイヤまで車体と同じ色の自転車に乗っていたら、 それは私です。 声をかけてやって下さい。
2002.5.8 (水)
毎年、 どうしたわけか5月になると俄然忙しくなる。 明日はイチゴ狩り、 あさっては夜生徒さんの結婚を祝してpartyなので朝から料理に励む。 その次は、 祖父の35回忌で西宮へ。 次の週も、 伊丹に一日、 ポーアイで国際宝飾展があり石の買い付けに一日。
私は子丑空亡なのだが、 どういうわけか空亡がきつく、 5月初旬の立夏まで(寅の月まで)かかっているという。 空亡のときには、 物事を始めないほうが良いというだけあって、 自然と5月には忙しくなるのだろうか。 毎年、 忙しくなると空亡が明けたんだと思い出す。
2002.5.10 (金)
夜、 TちゃんとOさんの結婚のお祝いとharuさんのカナダ転居の歓送会を兼ねてのparty。 今回は、 スペイン料理。 時の流れをひしひしと感じる。 みんな新しい生活の中でさらに幸せになってね。
2002.5.11 (土)
西宮の浄願寺で祖父の35回忌。 小学二年生の春に脳溢血であっけなく亡くなったのだ。
幼い頃、 祖父が杯でお酒を飲む時、 いつも膝の上に座っていた記憶がある。 幼稚園の頃には、 祖父が毎朝食べるオートミールをひとくちもらった時のまずさや、 小学校の入学式に着るスーツの生地を選びに行った日、 仕事を終えて帰ってきた祖父に水色の生地を見せたときのことなど、 ほんの少しの断片しか記憶にない。 にもかかわらず、 私は、祖父を思い出すとき、 とてもあたたかい気分になる。 大切に思われていたことを幼いながら感じていたからのような気がしている。

2002.5.16 (木)
日本ジュウリー展の準備を手伝いに、 伊丹市立工芸センターへ。 私自身は、 今回は忙しい時期に重なったので応募してはいないのだけれども、 展示のお手伝い。 展示台を並べ、 作品をディスプレーしていくといえば簡単だけれど、 9時半に開始して5時半まで、 立ちっぱなしでくたびれてしまいました。 間違いのないよう確認を繰り返しのうえ、 台は重いし、 符丁をはずしたり番号シールを貼ったりと細かい作業もたくさん。
なんて言いながら、 普段は触れられない 他人の作品に触れられるというので、 実に愉しい。 なんってったって、 裏を見ると作り方が解明できたり、 作り方で不明な点があれば誰やかやが教えてくださる。
今回は、 一般宝飾部門の綿貫安則さんという方の作品に感激。 部品の制作も難しかったでしょうし、 それを組み立てるロウ付けの美しいこと。 そして画期的な古美しかた。 完璧でした。 作っているところを見てみたいです
2002.5.26 (日)
今年のバラは、 雨の合い間に日が照ると毛虫が大量に発生して葉や蕾を食べ、 かろうじて残った花は、 雨に打たれて腐った。 オールドローズは全滅。
ローブリッターというクラシックな花型のモダンローズだけ、 今を盛りに咲いている。 カップ咲きといって、 開かずにこの形のままを保つので、 とてもかわいらしく、大切にしている薔薇の ひとつだ。 この薔薇は、 春にしか咲かない。 だから、 どうにか咲かせたいと思ったのが、 通じたのだろうか。 あと、 もうひとつ、 ヒマラヤン・ムスク・ローズというつるバラが春にだけ咲くはずなのだが、 こちらは、 この春は諦めなければならないようだ。 天候の不順に振り回されながらも、 ようやく一昨日から晴天が続いている。

2002.6.11 (火)
先日、 私の通っているスポーツジムのコーチから電話があり、 バングル(ブレスレットなのだけれど、 鎖ではないもの)の修理を頼まれた。 柔道をするために他所から赤穂高校へ来ている生徒さんの面倒を見ているのだそうで、 その生徒さんのものらしかった。 9日に高校最後の試合があるというのに、 お守りにしていたバングルが壊れて落ち込んでいるのだという。 もちろんすぐに直してあげましたよ。 で、 その彼は、 優勝して、 インターハイに出場が決まったそうです。 おめでとう! みなさ~ん、心のなかで、 彼を応援してやって下さいね~!
2002.6.11 (火)
テレビをつけた拍子に、 聞き覚えのある声。 サンディだ! ??? なんと、 おしゃれ工房のフラダンスを踊ろうという番組に出演していたのです。 わざわざハワイから来たのかなぁ。
以前に、 知人からサンディ&ココナッツカップスが歌っているサザンの「真夏の果実」がいいと聞いて以来、 とっても気に入っていつも車に入れているのです。 ハワイのトラディショナルな曲がさらに良くって... 春に三宮そごうが新装オープンした時のCMもサンディーのWATASIがBGMでした。 そのときも、 えぇっって思ったんだけれど、 なんだかメジャーになりつつあるのね。
彼女、 フラを踊ることで自然と一体になるって言っていたけれど、 実際に歌いながら踊っているところを見てみたい気がしました。 ハワイに行けば、 どこかに出演しているのだろうか......。
2002.6.12 (水)
神戸の教室の電話が鳴って、 ラジ・サキヤさんの声。 今、 神戸にきているらしい。 時間が合わなくて会えなかったのが残念。 岩塩10kgをマエダさんの所へ持ってきてるとか。 絶対にいくらか分けてもらおう!
2002.6.17 (月)
昨日、 9時ごろ眠ったのに、 ちょっとくたびれはてていて気が付いたらなんと15時。 18時間も熟睡してしまった。 (☆o☆) いくらなんでも...... で、 その上、 19時から友人とビールを飲みに。 そうこうしていると、 またまた別の友人から呼び出しの電話。 電話ではたまに話しているけど、 会うのは1年ぶりくらいなので、 そのまま、はしごしてしまった(~o~) えらく盛り上がり、、 気が付いたら日付が変わって随分時間が経っておりました。 m(_ _)m 遊びすぎました。 でも、すっきりした~!
翌日、 10時から神戸で教室だったので、 8時に家を出た私は、 新快速のなかで熟睡しておりました。 神戸駅につくと、 黄色い服を来た人がいっぱい! なんなの?! 寝不足?の私の目には痛いくらいに黄色い! なんと、 試合は3時半からなのに、 すでにサッカーのブラジル戦を見に行く人たちの群れでした。
2002.6.20 (木)
私は、 いつもツバメノートの5ミリ方眼を持ち歩いてきた。 いつデザインが浮かんでも良いようにだ。 が、 どうして過去形なのかと云うと、 なんと、 永年愛用してきたツバメノートの5ミリ方眼が見つからないのだ。 他のノートを持ち歩く気にもならず、 もう半年が過ぎる。 毎年1冊づつ使ってきたのだが、 もう買い置きもない。 ばらばらとメモ帳に書いた絵が空しく増える。
2002.6.22 (土)
庭にスーブニール・ド・ラ・マルメゾンという名のオールド・ローズが咲きましたので、 どうぞご覧下さい。 バラの隣には、 キキョウやしもつけ草が咲いています。

2002.6.23 (日)
30度以上あった気温が20度にまで下がり、 しっかり風邪をひいてしまった。
ルイ・フィリップという中国系のオールドローズ。 コロンと まぁるい花。 外側はフーシャピンクで、 花芯にちかづくと白っぽい。 茎が細くて棘はほとんどなく、 はっきりした色合いのわりに優しい風情が気にいっている。
庭のバラが次々に開き始めたと思ったら、 なんと 雨。
今回は、 本格的に梅雨に入ったようだ。

2002.6.28 (金)
このページに何を書こうというつもりもなく、久し振りとか思いながら開いた。 そうした時、 マウスがスルッっとすべり、 気がついたら、 いつも画面の下に横たわっているタスクバーが右縦位置に移動していた。 エェッ! 嘘でしょう! こんなことになれるの?! 元にもどそうとさわっていたら、 どうなったのか分からないままに、 クリッと動いて最上部に移動した。 それ以降、 どこをどうドラッグしようがクリックしようが動かない。 どうしてなの? パソコンって、 こんなしょうもないことに時間がかかったりするのよね。 こういう時は、「最悪~~~!」とか思って無視するに限る。 でないと、 無駄に時間ばかりが飛んでいく。 といいながら、 一番上にあるタスクバーが気になってしょうがない。
誰もが、 こんな馬鹿げたことに時間を費やすことがあるのだろうか。
私だけなんて言わないでほしい(;;)
2002.7.7 (日)
長い間降っていなかった雨が、 昨日は、 ぽつんぽつんと地面に点を描くかのように少しだけれど一日じゅう降り続いた。 台風がちかづいているかのような激しい風とともに。
今朝、 庭に出てみると潮風のせいだろう、 草木の葉がうっすらと粉が吹いたように白く霞んでいた。 水を掛けて塩分を洗い落としていると、 昨日までは出ていなかった白い花をつけるサルビアやアゲラタムなどの芽が、 地面のあちこちから顔を出している。 雨を待っていたのねぇ。
今日は、 久し振りに湿気の少ない爽やかな青空。 七夕が晴れてよかったね。。 でも、 子供の頃は、 8月7日に七夕をしてたと思うんだけれど...。 今日から蝉が鳴き始めた。
2002.7.8 (月)
ホームセンターでガーデニングのコーナーを見ていたら、 万成石の砂利があった。 初めて、 万成石を見た。 こんな肌色の石なのか! 肌色をした卵がお墓なのね。 ちょっと生々しい。 万成石は、 イサムノグチが自らのお墓に選んだ石だ。 岡山市の北のほうで採れ、 初期の頃、 イサムノグチが好んで使ったと聞いている。 また、随分以前に聞いた話なので、 私の記憶は不確かなのだが、 彼が自分の墓石にと気に入った石があったのだが、 あまりに高価で次に気に入ったのを求めたという。 いちばん気に入ったのは、 まだ万成にあるとか。 その後、 庵治石のでる四国のに住んだらしい。 作品やお墓もその近くににある。
ただの石を見て、 ドキッとしたなんてこと、 初めてではないかな。 それほど、 濃い肌色。 何?この色は!と思ったら、 万成石だったのだ。 きっと、 彼もそうしてこの石を選んだに違いない。 安治石も、 まだ実物を見たことがない。 イサムノグチの作品は、 写真でしか見たことがないのだ。
近いのだから、 行かなくっちゃね。
さきほど、 めずらしく夕立が降り、 雷鳴があった。 梅雨明けってことはないよね。
2002.8.3 (土)
久し振りに何か書きたいなぁ~って思ったら、 なんと半月以上もご無沙汰になっておりました。 プライベートがバタバタとしておりまして...なんてね。
昨夜は、 知人のはじめての命日。 昨年50歳でなくなったのです。 備前焼の土を作ったり、 窯をたいたりする手伝いに一緒に行っていた人。 あとのメンバー5人はなんとも元気で、 みんなでお経をあげ、 お食事をよばれたあと、 11時にもかかわらずさらに飲みに出かけたようです。 親しい人が集まってお経を上げる慣わしっていいなぁって思いました。 亡くなった人にとっても、 お経をあげる側にとっても、 心がひとつになり、 そうしてきれいになれる気がする。 それなのに、お坊さんがあげるのではなく、 みんなが集まってお経をあげるという習慣は、 全国的なものではないと知り驚いてしまった。 だって、 友人や身内の人に声をそろえて上げてもらったほうが、 誰だってどんなに嬉しいか。
奥さんが、 いちばんつらいのは、 もうさわれないとだって言った。 つるんときれいな肌だったのよねぇって。 感触っていつまでも残るからなぁ。 ほかの何をさわっても、 ちがうって思っちゃうんだろうなぁ。 大切な人がこの世にいなくなるなんて、 想像もつかないほどかなしいんだろうなぁって実感させられちゃいました。
2002.8.10 (土)
以前からガス台の上の電気を替えたいと思っていた。いいなぁと思うシェードが見つかり、 今日の昼頃に届いた。 配線はずっと以前に電気屋さんにしてもらっていたので、 器具をカチッて取り付けるだけのはずだったのだ。 それなのに、いざ取り付けてみると電気がつきっぱなし。 えぇっ?! 電気屋さんは天井に配線をしただけで、 壁のスイッチと連動させてくれていなかったのです(-_-;)。 この暑さのおり、 天井裏に上がってと頼むのは気がひけるし、 少し涼しくなってから連絡しようかしら。 でも、ちょっとがっかり。 しかし、すりガラスにサンドブラストで模様<strong>2002.8.16 (金)</strong>strong>2002.8.16 (金)</strong>昨日は、 市川の川原でバーベキュー。 天然うなぎを炭で焼い
そして、 今日、 その工房で医師夫婦とゆっくりお話しする機会を得た。 このところ、 自分の時間を楽しむ時間をけずって社会でがんばっている方たちにお会いする機会が続いた。 私にとって、 違う分野の人のお話を聞くことは、 とても楽しいし、 刺激になる。 作りたいという思いが湧いてくる。 そうして、 彼らもまた、 生活を楽しむことに時間をかけている我々の様子に触れることで、 潤いのある時間の大切さに気づいたりするようだ。 自分達が楽しむことに時間を費やす生活を見た人が、 癒しを感じもらえるとは思いもよらなかった。 それって、 存在そのものが癒しに関わってるってことじゃない。 とっても嬉しいことだなぁ。
2002.10.1 (火)
先月はグループ展の出品だの東北旅行だのであっという間に一ヶ月が過ぎ、 全く書かずに過ぎてしまった。 さて、 久し振りに書くとなると何を書けば良いんだろうと手が止まってしまう。
今夜、 このサイトもそろそろ1年経ったんだなぁって気づいたのは、 金木犀の香りのせい。 帰宅して車から降りたとたんに、あま~い香りにつつまれ、 「そういえば去年この匂いにつつまれた時には、 ホームページをどうにか立ち上げ、 出来上がったあとに出掛けたっけ。」って思い出した。 金木犀の香りは、 不思議と私を旅にいざなってきた。 でも、 今年、 私はここにいる。 出かけたい衝動に駆られることもない。 ふと、もうこの香りに誘われて出かけることはないような気がした
2002.10.4 (金)
日中は30度ちかい日々、 でも、 こうして夜になると冷んやりと心地好く過ごせる。 窓からは虫の音がとりどりに聞こえてくる。 りーんりーんという鈴虫以外なんていう虫が鳴いているのか分からないという情けない私だが、 耳を凝らすと、あまりにたくさんの音色があることに驚くほどだ。
庭仕事をしていて土を掘り返すと、 明朝にも羽化しそうな蝉の茶色い幼虫が掘り起こされたかと思うと、 産み付けられたばかりなんだろうにもう3センチほどもの太さになったカブトムシの幼虫が転がり出たりする。 草取りをしていると、 てんとう虫を踏みつぶさないよう気を付けなくてはならないほど居たりもする。 今年のように月に一度ほどしか雨が降らない異常気象でも、 着実に息づく命がある。
蛇足ですが、 3ミリほどの太さ15センチほどの長さのミミズのような生き物で、光るような真っ青な色をしたものが堀おこした土からあらわれ、 ミミズと違ってものすごい素早さで土の隙間に入っていったのです。 田舎暮らしの私も初めて見た不思議な生き物。 あれってなに?
2002.12.8 (日)
晩秋のバラは花は、春とはちがった表情をみせる。 春には一日しか命がない ルイ・フィリップでさえ、この季節には一週間以上も咲いている。 フーシャピンクを濃くして限りなく赤にちかづけたような色の花びらは、中心になるにつれ色が薄らいでいくのだが、 春にはその薄らいだ色合いがくっきり見えるのに、 今は散るまで開ききらず、 ふっくらとした玉のようなかたちをそのままに保ち、その薄らいだ色の花びらを見せてくれない。 そうして、 いつものように20枚ほどの少ない花弁をはらはらと散らすことなく、 私の指先が花に触れるまで、 棘のないほっそらとした枝をたわませている。
2002.12.9 (月)
先日、 姫路ばら園に行った。 閉園時期なのだが、 特別に知人に連れて行ってもらったのだ。 秋は、 花数は少ないけれど、 ひとつひとつがたっぷりと大きく、 色もしっかりとその花の特徴を現す。 春の華やかな時期もいいが、 秋にはひとあじ違った風情がある。
車中で 「もう庭にばらを増やすつもりはないから」 と言いながら、 気に入った薔薇に出会うと、あっという間にそんな覚悟は吹っ飛んでしまい、買ってしまいました(^_^;) ハナグルマという淡いピンクで咲きはじめ、 しだいに濃いピンクにグラデーションしていく花で、 径が4センチほどのスプレー咲き。 花弁の縁に少しフリルがかかった多弁のカップ咲き。 こういう花に弱いんだなぁ。 帰ってから、じっくり見ると、 見かけとは違いしっかりした花びら。 額のような厚さがある。 こんな厚みのある花ははじめて。 これなら長い日数咲いていそうだ。 はじめて聞く品種だと思ったら、 種苗・商標登録した珍しい特別品種というラベルが付いていた。 新しい品種なのだろうね。
2003.03.24 (月)
久し振りに書いている。 ある時は、忙しさに書く時間がなく、 また別の時にはいろんな事があり過ぎて何を書けばいいのか思いあぐねてしまった。
今日、 「千と千尋の神隠し」がアカデミー賞を受賞した。
きめ細やかで美しい映像だけでなく、 千尋が千という名に変えられて、 思いも寄らないたい体験をしていくことで、 はじめのおどおどとした受身の姿勢から、 自分で行動を起こせるたのもしい少女に変貌していく様はとても快い。 また、 彼女だけでなく どの登場人物も、 普段われわれの生活のなかで周りにいそうな誰かを凝縮したかのように鮮やかで力強い個性をもっている。 しかも、そのすべての人物が愛情を持って描かれているところが良い。
楽しさの中に様々なメッセージを盛り込みつつも 散漫にならなかったのは、 物事を象徴的に描けるアニメという媒体のおかげもあるだろうが、 やはり、 作者の視点が定まっていたに他ならないのだろう。
技術的にも内容の面でも、 作者の哲学が迫りくる このすばらしい映画を少女たちにプレゼントしてくれた作者に、 日本だけでなくドイツやアメリカといった世界中からご褒美が届くのは、 当然の結果といえるね。 世界中が今必要としている、 自分で考えて行動する勇気や、すべての存在を肯定する大きな心を目の前に具現してくれたのだから。
宮崎監督が、 「少女になろうとする年頃、10歳の彼女たちへのエールを送りたくて作った」と言っていたけれど、 少女たちへの生涯忘れぬ最高のプレゼントだ。
2003.4.20 (日)
これまで動物を飼ったことはない。 嫌いではないけれど、 飼いたいなんて思ったことさえも一度もなかった。
4月17日、 花の苗を買いに行ったお店にその猫はいた。 一緒にいた友人2人がロシアンブルーを見てい子猫だと騒いでいたけれど、 私はひとりで花を見ていた。 しばらくして、ふと振りむくと、 友人が子猫を抱いていた。 近づいてみて、そのあまりのかわいさに抱かせてもらい、 次の瞬間我を忘れてしまった。 3分もしないうちに、 もらう事が決まっっていた。 それ以来、 私は彼女の奴隷状態。
まだひと月なので、 一日に5回ほどのミルク、 各々要1時間。 で、 眠っている間に必要な猫用品を買いに走るというざまだ。 彼女はといえば、 目が醒めて私の姿を見つけると、 みゃぁと鳴き、 少し遊んだ後でミルクを飲んでは、 ゴロゴロ言いながら私の掌や体にしがみついて戯れ、 またミルクを飲む。 何度かそれを繰り返しているうちに、 膝の上で眠ってしまうという調子だ。 ロシアンブルーとトラネコとの雑種。 グレーのモヘヤのような毛に青い目だが、 尻尾は短い。 名前は “じゅえる” に決定。 しかし “じゅじゅ” と呼んでいるうちに、 彼が目がくりくりしているので “珠珠”だと言い、 次第にやっぱり “寿珠” と改名することとなった。このところ、 いいおとなが二人して子猫に振り回されている(~o~)

2003.4.28 (月)
猫の寿珠がやってきて10日。 赤ちゃんから次第に子供らしくなりはじめ 、 少し楽になった。 親から引き離してもらってきたせいか甘えん坊で、 膝の上でしか眠らなかったのだ。 今は、 自らおこたの上に行って眠り、 目が覚めたらちょっと遊んだのち私の脚にしがみつく。 忙しくて知らん顔していたら、 ジャンプしてふくらはぎに体当たりするのだが、 次第にあきらめて、 私の足の甲の上にうずくまる。 そうするうちに今度は、 そんな様子に根負けした私の方が 彼女の望みどおり抱き上げてしまうのだ。
彼女の姉妹は、 同じ親から生まれたというのにベージュで上品な顔立ち。 上から見たら「つちのこ」というのだけ一緒なのだが、 犬と一緒に育てられているせいで、 今日は噛まれて目の上が腫れているそうな。
それなのに寿珠はといえば、 毎日、 安心しきったように手足を伸ばしたり、 おなかを上に向けて眠っている。
いつも、こうして私の脚にしがみつく。 ヨーグルトが大好きな つちのこみたいな じゅじゅ
2003.5.13(火)
寿珠と姉妹だと思っていたら、 みゅうみゅうは男の子でした(>_<) そういえば 堅太りだし、遊んでても寿珠に手加減してるって様子だったものねぇ。 そういわれてみれば、 きりっとしてて男の子だわ。 毛質も色も違うし、 顔も品の良いみゅうみゅう と いたずらっ子のじゅじゅ って雰囲気はぬぐえないけれど、 やっぱり似てるでしょう?!
じゅじゅ&みゅうみゅう
20
2003.5
水曜日は神戸教室なので、 一日じゅう留守はかわいそうかと何時も子猫の寿珠を兄のみゅうみゅうを飼う友人の家に毎週預けていた。 左の画像は家に来た時のものだが、二匹は何時もこんな感じで、じゃれているか追っかけごっこをしている。 トイレまで一緒にはいるほど。

いつも、私が連れて行くと、二匹は鼻をつんつんと会わせてから遊び始める。 それが、 昨日は、みゅうみゅうが「うっぅっっ~」って唸り、 寿珠をそばに寄せ付けなかった。一日中そうだったらしい。 私が迎えに行くと、今度は二匹が本気になって決闘を始めた。 10分ほど見ていたのだけれど、 どちらかが怪我をしかねないほどなので、 寿珠をバスケットに入れて帰ろうとしても 二匹の興奮は収まらず、 みゅうみゅうはバスケットの上に乗り、じゅじゅはバスケットの中から前足を出したりして威嚇しあう。 大人になって縄張り意識が出てきたということか?! ちょっと さびしい。 手のひらサイズだった寿珠が、 今では片方の腕では抱けないし、 300㌘が1500㌘に成長しているんだもの、 当然のことなんだろうなぁ。
そういえば、 寿珠が私の膝で眠ることはなくなったし、これまで一番のお気に入りだった私の肩の上よりも、 今はようやく上がれるようになった本棚の上とかカーテンボックスの上でご満悦。 家に来て二ヶ月で こんなに成長したんだなぁって感動しつつも、 どんな猫になるのか楽しみなような、 このままでいて欲しいような複雑な気持ち。  とはいえ、 キャットフードに関してのみ、 私が家にいる時には 私の掌からしか食べない。 朝食を用意しておいても、 先に起きても私のお布団に潜り込んだり、 私の顔をひげでこすったり、 寿珠の手のひらで私の顔をピタピタとたたいたりしながらも、 私が起きて食べさせるまで食べない甘えん坊なのは、 赤ちゃんの頃から変わっていないのだ。 などと親馬鹿状態で喜んでいたら、 なんと私がいない時には、 母の掌から食べ、 さらには、 膝の上で眠るらしい(* *;) 犬みたいですけど、にゃんこです。 「今日は丸くなって眠っているわ」と、みんなで見るくらい, 普段の彼女はたいがいこんなになが~くなって眠る。
2003.11.30 (日)
今年の作品展を終えた開放感に包まれた身軽さから、 赤穂と神戸のボジョレー・ヌーヴォーのパーティーに参加したり、 岡山や作用の知人のもとへ行ったり。 そんな日々の後に続く長雨。 私は、家の中でじっと停止してしまったかのように過ごしている。 こうした静かな毎日は、 いつもと変わらないようでいて、 今年の私には、 これまで知らなかった幸せがある。 春にやってきた猫の寿珠は、 寒くなって以来、 私が座ると必ず膝に乗ってきて、 間もなく眠ってしまう。 私はというと、 あまりのかわいさに目覚めるまでじっとしている羽目になる。 夫からの電話もメールも「寿珠はどうしてる?」で始まる。 ふたりに幸せを運んできてくれた猫は、 今もまた当然のごとく私の膝の上で眠っている。 そして私は、 いつものように片手で彼女が落ちないように支え、 片手で不自由にキーボードを叩いているのだ。
2003.12.4 (木)
今日、 25年庭に植わっていた珠つげの木をチェーンソーで切り倒した。 以前から、 その場所にその木がなければ、 どんなに広々と感じるだろうと思いつつ、 何度も踏みとどまっていたのだ。 私の重い腰をようやく上げさせたのは、 薔薇の苗。 ひと月ほど前に姫路バラ園でセレッソという澄んだピンクで中輪の少弁フリルの房咲きの薔薇を一目で気に入ってしまい、 植える場所も考えずに注文してしまったのだが、 とうとう届いたため、 せっかくならリビングから見える位置にと意を決した次第。 珠つげは、 切り倒してみると さらに大きく、 ちょっとむごいことをしたような気がしている。
2003.12.6 (土)
70センチ四方の絨毯を買った。 黒に近い紫は葡萄で染めているらしい。 他のこっくりした赤や紺もすべて草木染めとか。 クルド人のなかのバルーチ族といって、 未だに放牧をして定住せず、 この時期にも政治には無関心で今の内閣にも一人として入っていない部族のひとが織ったものだ。 柄、 色合いから部族や年代が分かるんだって。 ちなみに私のは30年ほど前のものとか。 もともとは、 らくだの背に掛けて荷物を両側にぶら下げて運ぶためのサドルバックだったものを、 ほどいた片側なのだ。 以前は、 らくだの背に凝ったバックを提げることが粋であったらしいのだが、 今は、 そんなことにこだわらない風潮になって来て、 現金化する人が増えたらしく、 私のところまで巡ってきたようだ。 クルドの人たちが、 これまでのように、 生活のいろんなことにこだわって、 楽しんで生きていられる状態に、 早く戻ればいいのに。
2004.元旦

2004.3.15 (月)
寿珠が一歳の誕生日を迎えた。 なんと4.8キロ(猫の平均値は3キロ)の大きな猫に成長して、 後脚で立ち上がって背伸びをしたら、85センチの高さまで前足が届くのです (^_^;) 父親がすごく大きなシャルトリュー(昔はフランスの僧院で飼われていた品種なんだって)らしいから、 毛の色同様に体格まで似たのね(>_<) 寿珠を見慣れた目で 野良の日本猫を見ると、 体格もだけれど、足だけで歩く様子と頭の大きさから赤ちゃんのように見える。 というのは、彼女はトラのように体をねじりながら歩くのだ。 そうして、頭が小さい。 画像ではよく分からないかもしれないけれど、 耳から下の左右の毛がたてがみのように長く、 顔はあごがとがって 逆三角形なのです。 猫とはいえ、 まるで日本人と西洋人の違いのよう。 外見はこんなに立派になったけれど、 誰の前でも おなかを上にしてころころするのが好きで、 我々のおふとん上の膝のあたりで眠るのが好き(ちょっと迷惑)で、 未だに掌から食べさせてと鳴いてせがむ甘えん坊に育ってしまいました。

悲しいことに、 このHPにも紹介した寿珠の兄のみゅうみゅうは、 一歳を迎えることなく、先月中旬交通事故で亡くなりました。 友人の家のそばを通ると2回に一回ほどは、近くを歩いている姿が見えたし、 また、車を止めて降りると、甘えてすり寄ってきていたのに、 とても名残惜しいです。 合掌(;;)
2004.3.20(土)
姫路の石倉という地に鶏足寺跡がある。 現在は、最近になって建てた簡単なお堂があるだけだが、 秀吉の命令によって赤松氏が焼き払うまでは、 書写山以上の規模の伽藍があったらしい。 夫が朝鮮に詳しいということから誘いを受け、 先月初めて訪れた。 すると、 神功皇后が三韓征伐に行った際に、 馬韓の王子を日本につれて帰って この地に下ろし、 その王子一行が寺の礎を築いたというのだ。 その話を以前NHKのハングル講座をしていらした先生(朝鮮史の権威)に話したところ、 とてもおもしろいと言って下さり、 もしかすると月末に東京からお見えになるかも。 日本に仏教が伝来した歴史までもが変わる石碑でもが出るとすごいけれど、 そこまでいかなくても、 なんでもない山の中に大きな石が転がっているってだけの場所に、そんな過去が存在したと言うだけでも、 ちょっとおもしろいでしょう? 何か話が進んだら、また詳解いたしますね。
2004.4.4 (日)
姫路市石倉の鶏足寺で春の法要が行われ、 桜と名物の太市の筍と共に祝った。
峰相山ト言ウハ東西両嶺相会ウ峰ノ様子カラ言ウ
鶏足寺ト言ウハ釈迦十大弟子迦葉ガ入定シタ印度
伽耶城ノ東西鶏足山ニ似テイル処カラデ 西峰ノ
主峰ハ二百五十メートルニシテ風早嶺ト称シ
下に神岩大黒石ト名付クル奇岩等多ク出現ス
神功皇后三韓ヘ派兵ノ砌リ新羅ノ王子ヲ伴イ
帰朝ス 皇后帰洛ノ途次当国播磨ニ王子ヲ留メ
給ウ 王子此ノ山ニ草庵ヲ結ビ十一面観音菩薩
ヲ祭祀シ給ウ コレ即干峰相山鶏足寺ノ起コリナリ
鶏足寺は奈良時代には、金堂 講堂 法華堂 富行堂 五大尊堂 一切経堂 勧進神堂 五重塔 三重塔 宝蔵 及び僧房三百余という広壮な寺観を誇っていたらしい。 ところが平安初期より衰微の兆しが見え、 現在では、 石がごろごろと転がっているばかり。 龍野市誉田町井上にあるお寺の十一面観音菩薩、この鶏足寺のものであっただろうと言われている。 村人か歴史に興味のある人くらいしか知らない程の遺跡となってしまったのを惜しんで、 最近になって看板を立てたり小さなお堂を建てたり、 太子の斑鳩寺に残る峰相記や播磨風土記を調べて石碑を建立した程度なのだ。 そんな折りに、我々に話がかかり、鶏足寺のお祭りに夫の知人の朝鮮史の専門家であるK先生がいらして下さった。 「峰相山が印度の伽耶城近くの鶏足山に似ている事、また釈迦の十大弟子迦葉が迦耶にて亡くなった事を知っている人が、この地に降り立ったことは事実だね」っておっしゃった。 それから、神岩は真ん中に窪みがあって、 そこには常に水が湧いているのだが、何十年に一度の水害の際には、噴水のように噴き出したという村人の話から、神岩の信仰が先にあったかもしれないともおっしゃった。 これから調べ始めるわけだが、 調べ甲斐のある場所だといって下さっただけでも先が明るくなった。何も残っていないし何も手を付けていないのに、 国の一級史跡に認定されているというのも妙といえば妙な場所だ。
我々も25000分の一地図を取り寄せたり、 峰相記をコピーさせて頂いたり、播磨風土記や神宮皇后に関する本を図書館でコピーしたと、 資料を集め始めることにした。 ところで赤穂のみなさんは、尾崎の八幡様のご本尊が神宮皇后だってご存じでした? 私は、この度神宮皇后に纏わる神社の一覧表を見て初めて知りました。 悲しいことに、 このHPにも紹介した寿珠の兄のみゅうみゅうは、 一歳を迎えることなく、先月中旬交通事故で亡くなりました。 友人の家のそばを通ると2回に一回ほどは、近くを歩いている姿が見えたし、 また、車を止めて降りると、甘えてすり寄ってきていたのに、 とても名残惜しいです。 合掌(;;)
2004.4.15(木)
「世界は繋がっていることを意識して 政治や経済のニュースを見るといいよ。 そして、その上に民族の特性などをあわせて考えて行かなくては、 真実は見えてこないからね」 と夫はよく言う。 先日、「なるほどこういう事なのね!」と思う記事を毎日新聞で読んだ。 イスラエルとアラブの話。 * 80年のイラン・イラク戦争と91年の湾岸戦争で弱体化したイラクに、この度 アメリカがトドメを打った。 つまりはイスラエルを脅かす東方の主要因が 消えたと言うことになる。 * イラクにアメリカが駐留したことで事実上アメリカの隣国となったイランはあ わてふためき、 IAEAに核分裂性物質製造中止の議定書にサインした。 * リビアも脅威を感じて大量破壊兵器の開発計画を廃棄すると発表し、 カダフィ大佐の息子は「もはやイスラエルを安全保障上の驚異とは見なして いない」と言明。 * そうしたことから突如思いもかけずアラブ世界の過激勢力の先鋒となって しまったシリアは、イスラエルと政治交渉を再開する用意があると表明し、 トルコを訪問したアサド大統領はトルコとイスラエルの関係を非難しないと いう、 これまでにない態度をとった。 これらひとつひとつのニュースを見た覚えはある。 しかしこうやって今回の戦争が発端となってドミノ倒しの様に起きた事態とは知らなかった。 そうして記事は、「これらの国々が変わっていこうとしている今、 イスラエルやアメリカが態度を軟化させて、 アラブとの紛争に終止符を打てるチャンスを逃さないで欲しい」と締めくくっていた。 きっと、アラブのゆくえを北朝鮮もやっきになって見ているのだろう。 そうして日本の政府の態度だけでなく、 国民の反応も。
2004.5.5(水)
連休中に、 比叡山明王堂にて上原大阿闍梨にお会いした。 護摩焚きの後、 昼食をご一緒し、 お抹茶を頂戴しながらお話しをさせて頂いた。 信心も何もない私はくっついて行っただけでしたが、 千日回峰行という荒行をこなした方というイメージに反し、 清らかで知的な方でした。 連れて行ってくれた清原さんは、 鶏足寺を再興するにはどうしたらいいか、 その手掛かりを捜すために行ったのだが、 現実的なアドバイスを頂けて参考になった。 その後、 なんとも落差があるのですが、 奈良健康ランド併設のプラザホテルに泊まってお風呂と垢擦りにいそしみ、 翌日は、大神神社のご神体である石を拝見しようと 三輪山山頂まで往復2時間の登山。 その足で、法隆寺に寄り、信貴山まで強行スケジュールをこなして来ました。 その翌々日、 石倉のOさんのところに行くと、 わたしを見て、力のある山に住んでいると感じるとと言われてびっくり。 私が住むこの山には、ほとんど知られていないけれど、 妙見様の祠があり、 時々お参りに人が訪れている。 K先生がいらした折りにも案内したら、 妙見像とそれが入っている石の祠ではなく台座の石が、 もともとの信仰対象だったんだろうねっておっしゃい、 もしかしたら、 海を見渡せる交通の要所として、 古代にはここに城か砦でもあってもおかしくない場所だと説明して下さったばかりのところだ。 そうして、 これまたOさんに 「帰りには、割れ岩に寄ってお帰り」 と言われたので、 一緒に行ったKさんが案内してくれた。 神功皇后が占いのために矢を放ち、 1本目、二本目は何にも当たらなかったけれど、 三本目に大きな岩に当たって その岩が三つに割れて吉兆を示したとう伝説のある岩で、 高さ5メートルもありそうな岩だ。 また、 Oさんから 読んで見たらと渡された冊子を 帰ってから読んでみると、 家島が「古事記の国生み」に出てくる 最初に出来たオノゴロ島はないか、 そうして、西島の頂上にある巨石がイザナギとイザナミが見た天の御柱ではないかという内容だった。 信貴山も、 奈良に行くんだったら寄ってくると何かが解る気がするとOさんに言われて立ち寄ったらしい。 とはいえ、 凡人のわれわれ夫婦は、 お寺の中の銭亀大神で、 石臼の上に 一億円札の入った封筒と自分の財布、 その上に銭亀のお守りを置いて、 南無銭亀大神と三回唱えながら石臼を回したら、 お金が我々のところに回ってくると教えられ、 もちろん即座にその通りにしてきたのと、 本堂の地下の真っ暗闇の環状?の通路の最後にロウソクに照らされた仏様があるという戒壇院を巡って、 おばけ屋敷のごとく暗闇を怖がってきたに過ぎない。 このようにとっても土俗的な信仰の対象なんだなぁっていう印象しかない山。 が、 家に帰ってから買ってきた信貴山略縁起を読むと、 聖徳太子が伽藍を創建後、 命蓮上人が堂塔営構を祈祷をしたら、 後に山中が振動して方八尺の石櫃が現れ、 それを基礎として本堂を造立したと書いてあって、 また、石かぁって。 Oさんは、 80代のおじいさんなのだが、 がっしりとした体躯としっかりした口調で、60代かと思うような方。 鶏足寺のお祭りの日、K先生に神石と大黒石を指し示す際、 「あの木の下に光っているのが大黒石」と言っていたとか。 K先生には黒くしか見えなかったらしく、 不思議な人だと言っていらした。 そんなOさんが言うには、 石がどくんどくんと脈打って、 力を貸してあげるからおいで、 おいでって言っているのが見えるという。 だから鶏足寺(鶏足寺跡も石がごろごろしている)を復興させたいのだという。 そんな言葉に引きずられてか、 私たちはこれから鶏足寺の調査と巨石探訪をすることになりそうだ。 最近やたらと、 神功皇后、 聖徳太子、 朝鮮、 巨石に行き当たる。
2004.5.9(日)
未明から、 土砂降りの雨。 近頃の雨は以前と違って雨粒が大きいよう感じる。 日中は雲がたれ込んではいたけれど降っていなかったのに、 先ほどから、また ちらつきはじめたようだ。 フォーサイトに載っていて、すご~いとびっくりした話題。 雲と生命の不思議について。 93年 イタリア サハラから砂塵嵐が来た数日後に口蹄疫が発生 01年 イギリス 同じくサハラからの砂塵嵐の一週間後に口蹄疫が発生 02年 韓国のワールドカップ中に口蹄疫が発見された時も、 中国西部から 砂塵が飛んできた直後だった。 少し前までは、 大気中では細菌やウイルスは紫外線にあたって死んでしまうと考えられてきた。 しかし雲の中には水蒸気や塵があって、 隠れたり付着するところもあってなかなか快適らしい。 最近になって雲の中を調査すると細菌が うようよ いたんだって。 雲は、澄んだ大気中に氷の結晶ができ、 そこに水蒸気がくっついて水滴になり、 それが集まって発生するのだが、 ある種の微生物は氷の表面とよく似たタンパク質を作れるし、 さらにすごい微生物は、氷の結晶を分泌するという。 落ち葉に付着して氷の結晶を分泌することで、 落ち葉の腐敗を促進させて、食糧をより早く得るためらしいのだが、 (この微生物は、スキー場の人工雪を作る際に、水に混ぜて使われることもあるらしい)、 そういった細菌が風に吹かれて大気中に上がれば、 微生物が意図しなくても自ずから雲を作ることになることだって想像される。 雲を作って雨を降らせれば地上の植物も成長を促されて、 細菌の食べ物も増えるだけでなく、 雲にのって移動して 生息範囲を広げられる。 そのことを思いもかけず知った微生物は、 どんなに\(^o^)/だったことでしょう。 微生物が自分たちの分散と繁殖のため一部の雲を作っていると知ると、 空を見る目もちょっと変わるね。
2004.6.2(火)
以前に(2004.4.17毎日新聞)読んだ 少数民族の活動家からのメッセージが、ちらちらと頭に浮かぶので書き始めました。南米コロンビアの西部チェコ州に暮らす先住民族エムベラ(考える人の意)には、「日本人は我々のいとこだ」という言い伝えがあるらしい。 人々は、太古に太平洋の島々を渡ったのだろう。 これだけでは、 さもありなんって感じなのだが、 次の文章にはちょっと驚く。「神々は川に石に木に宿る。(まるで日本の八百万の神々だわ) 人間も自然の一部であり壊すことは許されない。 人間が吐く言葉は、単なる伝達手段ではなく、そこには“自然界の根源”を意味する魂がある。(なんと日本でも言霊と言うよね)‥‥‥‥こうした信仰を基にした我々の信条は、正直さや透明さと心の優しさだ。(昔の日本人みたい!) 復讐という考えはなく、 人は個人ではなく集団として生きなくてはならない。」 びっくりの内容でしょう?!1512年スペイン人がキリスト教をもたらしたが、神はひとつという考えは嘘としか響かず、ただ耐えて黙り、 改宗より自殺や殺されることを選んだという。(日本のキリシタンみたいね) なかには全員が集団自殺した部族さえあったという。16世紀には10万人を超えていたが、今では5万人。 ようやく1991年に国は法的に先住民の存在と権利を認めたが、今もマラリヤが蔓延しているし、彼らの住む地域で左翼ゲリラと右派民兵が衝突することが度々あり、関係のないかれらが被害を受けているそうだ。「日本のニュースを聞く度に、ある種の親しみと懐かしさを覚える」という彼らに、 彼らが切に欲している衛生面や教育の面で、 我々は手を差し伸べなくても良いものなのだろうか。
2004.6.16(水)
秩父に行った。なんだか妙な雰囲気をたたえた街だ。 日本語?と思えるような地名の数々。 蕎麦屋が多くて、香りもこしも強い素朴な蕎麦。 関東によく行くようになってはまっているのが蕎麦とうなぎ。 「もう、 こちらのものは食べられないね。」って言いたくなる程おいしい。 秩父のは特に個性的で、 山クルミのだしで食べるのだが、 強い蕎麦にしっかりしただしがぴったり。 それなのにくどくない。 木々の下を歩いていると、 まだ青い山クルミが落ちていた。 (瀬戸内にいると聞くことさえないが、 山クルミというのは、 野生のクルミで、 殻は固いが、味や香りが濃いそうだ。) 太古からここの人たちは、 こういうお蕎麦を食べていたんだろうなぁ。秩父といえば、秩父神社。 12月の夜祭りは関東三大祭りのひとつで、 妙見様のお祭り。 妙見信仰というのは、古事記の天照大神等よりも以前、 北斗七星や北極星を信仰の対象とした、日本原初からの信仰。 そう、秩父を歩いていると、縄文時代を感じるのだ。なんて偉そうなことを書きましたが、 実際にはお蕎麦を食べ、温泉に入り、平茸やワラビなどの野菜や秩父源造ワインを買って帰った次第です(^_^)v
2004.8.31 (火)
ここ半月、 なんと庭にイノシシが出現(>_<) 夜ごとやってきては、 今日はムスカリの球根、 翌日は百合根、 そしてまた次の日は桔梗の根と、なんでも掘り返して食べてしまう。 そうしたある日、 朝目覚めると、 庭じゅうが耕耘機で耕されたようにふかふかに掘り返され、 やっとたくさんなりかけたゴーヤも、 間引きながらサラダに使っていたレタスも、 ブラックベリーもバラも何もかも、 そう、 果ては1.5㍍程のかくれみのという木さえ倒されていた。 そこまでしたら、 もう何も掘り返すところはないだろう!という状態になった今も、 繰り返しやってきてはどこや彼処を掘り返している。 最近ミミズやいろんな幼虫がうようよ入った手作りの腐葉土を庭に敷き詰めたのが仇になったのだろうか(;;) 毎朝、 目覚めると、 牡丹や薔薇や椿の根元を埋め戻して、 たっぷりと水をやることが日課になってしまった。 そろそろ、 金網を張って入って来られないようにしないと、 秋冬の種や苗を植えられないなぁって思い始めている。
2004.9.3 (金)
夫がようやく帰宅。 八月中旬にソウルに行き、 そこから8月末に北京経由で内モンゴルに入る予定が、 内モンゴルに行く便に間に合う飛行機のチケットが取れないまま、 一枚ぐらいどうにかなるだろうとソウルに向かった。 ところが、なんと、 冬のソナタが北京では日本以上に加熱しているとかで、ソウルは北京語を話しているおばさま方で溢れているだけでなく、 北京へ行くことも出来ず、 その上、 ぺ・ヨンジュの誕生日と重なったせいで、 日本からもファンが殺到した為に日本にも帰れず、 3日間足止めされて、 ようやく帰国(^_^;) 冬ソナなんて日本だけでブレークしていると思っていたよぉ(-_-)
2004.9.16 (木)
スカっと晴れた青空があまりにも気持ちよさそうで、 大石神社の骨董市に出かけた。 ところが、 いろんな品が並ぶのを のんびりと見ているうちに、 首筋がじりじりと焦げるように暑くなって来て、 早々に退散。 とはいえ、 しっかりお気に入りのものを発見。 今回は、 普段なら人形なんて興味のない私が、あまりにもかわいくて、 瀬戸焼で身の丈10㎝のキューピーちゃんを購入。 友人は香蘭社の銘々皿を。どちらも明治後期か大正かに輸出用に作られたもの。 夕方になって、 月に一度のワイン会に出席するために 着替えようと、 シャワーを浴びてびっくり。 気温が高くて暑いのだ とばかり思っていたら、 首筋と腕に くっきりとラインが(;;) しかも左半身のみ(>_<) 夜になると暑いのを通り越してひりひり。 いつも以上にアルコールがまわるし、 翌日になっても、まだ真っ赤! 前から見ると、 首が左半分だけが黒くなるのは、 絶対に避けられそうもない(^_^;) 冬の間に戻ればいいのだけれど。 画像キューピー 赤穂大石神社の駐車場で毎月15日に催される骨董市は、 是非一度行ってみて下さい。
2004.9.23 (木)
雨が降って、 突然、秋が来た。 台風の潮風で茶色く枯れた木々は、 直後に来た肌寒さと、 その次に来た夏のような暑さのせいで、 なんと新芽を出し、 桜なんぞは花まで(・ ・)咲かせている。 とはいへ、 庭にはギボシのうす紫、 しもつけのピンク、 ホトトギスの小豆色、 ブルースターの空色、 そして秋咲きのピンクの薔薇たちが、 ちゃんとがんばって、季節通りに咲いている。 毎日毎日金網の隙間からやって来るイノシシに、 根元を掘り返されながらも かろうじて残った花たちだけに、 余計に美しく感じる。 猫の寿珠も寒いのか、 いつもは自分から私の膝に乗ることはないのに、 昨夜は、 新聞を読んでいる私の膝の上で毛繕いをし、 私のお布団の足元やおなか辺りでごろごろしながら眠った。 私はというと、 半分おふとんをとられたせいで、 ちっちゃく丸まったり、 枕を移動させて斜めになって寝たりと、 大変めいわく(-_-)
2004.9.29(木)
フォーサイトを読んだ。 裕福だったサウジアラビアは、人口が30年前の5倍に増え、赤字財政が続いているらしい。 国家からの恩恵に浴してきた国民だが、 今では、 地域格差が生まれ、 都市には貧民街がふくらみ、 重大な転換期。 そんななか、 200人とも600人とも言われるアルカエダが祖国サウジに戻ってきているとか。 さらに、モロッコ当局監視下のアルカエダ400人が消息不明になったとかも言われているらしい。 危険この上ない状態だね。 また、 北朝鮮が怪しい動きをさらに深めているのは今までの延長線上のことだから驚かないけれど、 韓国までが核への触手をうごめかしていたことが発覚したのにはびっくり.。 やめてくれよ~って感じ。 チェチェンだって、 あれほど凶暴なことをするのには理由がある。 かつてスターリンが対独協力の可能性があるからと、彼らを強制移住させたり、 半分から三分の二のチェチェン人の命を奪った恨みから。 これを聞いたら、 チェチェン人は悪くないって気になるでしょう ?!! だれかが強引に事を起こすから、 人の心を汚れてしまう。 新たな戦いが始まってしまう。 もうやめようよぉ~ ところがそんな折り、 一時期は、 アメリカ映画を見てると悪役はすべてリビア人だった あのリビアの独裁者カダフィ大佐が、 イスラエルの国会議員に「リビア出身のユダヤ人が祖国訪問出来る許可を出競るようにして欲しい」とアプローチしているという記事を読んだ。 このユダヤ人とは、もともとはカデフィ大佐によるクーデターのせいで出国を余儀なくされた人たちなのだ。 リビアは、 先に核の断念を表明し、 そしてこの度 、イスラエルとの関係改善に乗り出すことで、 本格的に制裁から完全に逃れようとしている\(^o^)/ 逃げるが勝ちだよ(^_^)v
2004.12.10 (金)
川越にいると、 早朝から、 超大型トラックが建物の横を走っているような、 いや、それ以上に大きく周りの空気を包み込んだようなゴォォォッという音がすることが最近しばしばある。 自衛隊や米軍の飛行機やヘリコプターや輸送機が低く飛んでいる音だ。 近くに入間だの狭山だのと言った自衛隊の基地があるからだろう。 それにしても、 このところ回数が増えた気がする。 関西にいると、自衛隊の航空機なんて見ることがないので、 ちょっとこわい。とはいえ、 この辺りは、ひと駅電車に乗れば、「トトロ」の映画に出てくるあの風景が。 平地にお茶畑が広がり、 そこかしこに こんもりとした森が点在しているのだ。昨日、 これも近くにある小金井都立公園に行った。 公園はとてつもなく広く、自転車でまわらなくてはならないほどの広さ。 我々が入った西口には桜が一面植えてあった。 梅園や武蔵野の森など他にもいろいろあるらしい。 東京の郊外は緑がとても豊富だ。

この日の目的はこの公園の中にある「江戸東京たてもの園」。 敷地内に本物の街並みのように、江戸時代の藁葺きの民家、 大正、昭和初期の商家や最先端の住宅などに混じって、高橋是清や三井一族の邸宅も並ぶ。 総数27軒。 そのなかの前川国男邸が、とっても気に入ってしまった。 リビング兼ダイニングには一面の格子窓がはめ込まれ、吹き抜けになっていてロフトがついている。リビングの片側には台所とお風呂場と寝室、 もう片側には書斎とトイレと納戸と玄関。 前川国男は、 ル・コルビジェに師事して国立西洋美術館を設計した方。 木造の建物は独身時代に自分のために建てたこの建物のみだという。 これほど、住んでみたいって思った家は初めて。 こういった家並みの中の一軒として「子宝の湯」が建っている。 これが「千と千尋の物語」の油屋のモデル。 なるほど破風の感じがそっくり。 手前の商家の雰囲気もそのまま映画にでてくる。 近くにジブリの製作所があって、宮崎駿監督もここをしばしば訪れるらしい。春になったら、 また訪れたいところだ。
